遺跡・一宮・竹島・尖閣
★石の宝殿、益田岩船と環状木柱列(ウッドサークル)・環状列石(ストーンサークル)との驚く関係

 図S55は石の宝殿と益田岩船を原点(神社群中心)として一宮と環状木柱列、環状列石に対してHSCPの規則で線を引いた図です(石の宝殿から南側に行く線は省略してあります)。神社は※印のついた富部神社以外はすべて一宮またはその論社です。一宮は論社を含めても全国で120社ほどしかありません。まさかと驚く人が多いと思いますがこれがありのままの現実です。図S55は国土地理院の地図を利用していてその位置は正確で捏造することもできません。
東京にある著名な古代史の会の古参会員ように、これまで、
・古代人が可視できないような遠方の方角を知ることができるわけはない。
・HSCPは偶然の結果か恣意的な作図の結果でしかない、日本は神社が多く30万社以上もあるので、どんな規則で線を引いても必ず何らかの神社に行き当たるのは当たり前である。

・古代、東北や北海道は蝦夷地であって、全く別の文化を持つ集団がいた。北方の蝦夷地に南方と同じ文化があるはずはない。
・神社の位置と縄文遺跡の位置がお互いに関係しているなどとんでもない、時代錯誤もはなはだしい。

などと屁理屈をつけてHSCPを無視し続けてきた人達は図S55を見て何を考えるでしょうか
図S55を見れば小学生でも一目瞭然に先の理屈が成り立たないことがわかるでしょう。同時に、これまで色々と神社の位置に関する論考に用いられてきた「太陽の道」とか、「レイライン」などと呼ばれていたものが、でたらめか思い込みに過ぎなかったこともわかると思います。
以下に図S55について詳しく説明して行きます。

 神社と縄文遺跡・巨石の奇妙な関係
  図S55 石の宝殿、益田岩船を起点とした一宮、縄文遺跡に対するHSCP線(神社は※印を除いて、すべて一宮かその論社)
(地図上の直線相互間の角度は地図の原理的な歪によって必ずしも正確な角度を示していません)

 いきなり、多くのポイントを結んだ線を見てもすぐにはわかりにくいかも知れません。しかし、良く見ると石の宝殿を出発した線は石川県や富山県にある真脇遺跡、チカモリ遺跡、桜町遺跡などの環状木柱列、さらにその延長線には良く知られたストーンサークルを持つ伊勢堂岱遺跡、大湯環状列石につながっていることがわかります。
また、益田岩船から出発した赤色の線は一宮だけでなく、戌立(いんだて)石器時代住居跡、西秋留(にしあきる)石器時代住居跡、寸沢嵐(すわらし)石器時代住居跡、川尻石器時代住居跡などの石器時代住居跡と呼ばれる扁平な川原石を敷き詰めた配石遺構を持つ遺跡につながっていることがわかります。その典型的な例を写真S1に示します。これらの遺跡は神社群中心の位置にあることから、住居跡ではなく、何らかの祭祀場であると以前から主張していたものです。これらの遺跡が謎の石造物や一宮と特異な幾何学的位置に配置されていることから、この予想はやはり正しかったと考えています。
敷石状配石遺構を持つ遺跡・寸沢嵐石器時代住居跡
写真S1 典型的な敷石状配石遺構を持つ遺跡・寸沢嵐石器時代住居跡

これらの遺跡は神社と比較して桁違いに数が少ないにもかかわらず、その多くが図1に示すHSCPの直角線に組み込まれていることは不思議としか言いようのない配列になっていることがわかると思います。このような規則的な配列は偶然と言うよりは、人為的に計画されて配置された世界でも類のない特異な配列です。しかし、この配列はこれまで誰も気づくことのなかったものです。次にその特異な配置について詳しく説明をして行きます。

●石の宝殿、環状木柱列、環状列石は直線状に配置されている。

 石の宝殿と環状木柱列、環状列石は直列に並んでいる
 
番号 ポイント名 特徴 住所 方位角
(出発点)
方位角
(出発点)
(補正) 
方位角の差
 
 方位角の差
(補正
石の宝殿 謎の石造物 兵庫県高砂市阿弥陀町生石17      
真脇遺跡 環状木柱列(半截材木柱) 石川県鳳珠郡能登町字真脇 37.06゜ 38.04゜    
チカモリ遺跡 環状木柱列(半截材木柱) 石川県金沢市新保本5 39.15゜  39.46゜    
桜町遺跡 環状木柱列(半截材木柱) 富山県小矢部市桜町 40.58゜ 41.35゜    
杉沢台遺跡 サークル未発見 秋田県能代市磐杉沢台 35.50゜ 37.56゜ ②との差 1.56゜ ②との差0.13
伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル 秋田県北秋田市脇神 37.34゜ 39.53゜ ③との差 1.81゜ ③との差 0.12
大湯環状列石 ストーンサークル 秋田県鹿角市十和田大湯 39.17゜ 41.45゜ ④との差 1.41゜ ④との差 0.17
図S56 石の宝殿と環状木柱列、環状列石の位置関係(①から⑦はすべて神社群中心の位置にある)
注;「赤文字で示した角度」は石の宝殿から対象ポイントまでの測地線長が100kmを超える場合、
石の宝殿から約100km地点における線上のポイントを取り、
その値を国土地理院「距離と方位角の計算」で計算した値です
(楕円体モデルはGRS80)

注;図S55は国土地理院の地理院地図を使っています。地図の切り替えが簡単にでき、大変便利になりました。しかし、作図は驚くほど使い勝手が悪く、とてもこの研究には使うことができません。担当が変わるたびに使い勝手が変わり、改悪されて行きます。一体どうしたものでしょう-。また、XML→KML変換はIE8以上のバージョンではうまく動きません。

2013.10.17記
 図S56を見ると①石の宝殿から代表的なストーンサークルとされている⑦大湯環状列石、⑥伊勢堂岱遺跡のそれぞれに線を引くと、③チカモリ遺跡または④桜町遺跡のほぼ真上を通ります。③チカモリ遺跡と④桜町遺跡は②真脇遺跡と併せて環状木柱列(ウッドサークル)を持つ特徴的な遺跡で全国でも4例しかない珍しい遺跡です。また、⑤杉沢台遺跡は大型住居跡が検出されていますが、今のところ、環状列石は検出されていません。しかし①石の宝殿から⑤杉沢台遺跡に引いた線は環状木柱列を持つ②真脇遺跡のほぼ真上を通っています。図S56から見ると、杉沢台遺跡にも環状列石が存在していたことは間違いないと考えられます。HSCPから推定すると、その中心位置は国土地理院の遺跡を示す三つ目マークの中心からわずか南東側にずれた位置になります。杉沢台遺跡周辺は、平安時代まで利用が続いた形跡もあり、この時代に列石が取り除かれた可能性も考えられます。
参考;環状木柱列からみた縄文時代晩期の地域社会. 山本直人(ここでは、環状木柱列と認定できる遺跡はチカモリ遺跡、真脇遺跡、桜町遺跡、米泉遺跡の4遺跡であると書かれています)

 このように珍しい遺跡と、遠く離れた東北にある環状列石が同じ思想で配置されていると言っても、恐らく誰も信じてくれないでしょう。しかし、確率から見ればそれは間違いないと言い切れるほど確かな事実なのです。図S56に示したように、石の宝殿から出発して、それぞれの遺跡に到達する場合の出発点から見た方位角を示しています(ここでは右手系東基準としていて、北を正、南を負としています)。その方位角の差は1.56度を中心とすると-0.15度、+0.25度の中に入っています。ここから推測すると、石の宝殿を元にして、直線状に並んだ木柱列と環状列石との方位角のわずかな差は地殻変動が主な要因であって、地殻変動の要因を取り除くと、その角度の差は大きく見ても0.5度以内に入っていると考えられます。
(図S56で示した赤字の角度ではその角度の差は更に少なくなっています。この事実は古代人が方位を決めた方法を考える際に、大きなヒントを与えてくれます。)

 ランダムに配置された二点がこのような精度で同一線上に存在する大雑把な確率は0.5です。したがって、このような事象が偶然に起きるとすると200回に一回程度です。
(赤字で示した角度ではそのうな事象の起きる大雑把な確率は数千回に一回程度になります。)このように。滅多に起きることのない事象が、極めて稀にしか存在しない環状木柱列と環状列石との関係として特異的に現れることは、偶然と考えるよりも、両者の位置関係があらかじめ意図して配置されていたと考えざるを得ません。この特異的な事象は古代人が見通しも効かない何百kmもの遠方にある位置を正確に知ることができた決定的証拠になります。 また、何度も繰り返して書きますが、上記①から⑦の各ポイントはレイラインの手法に用いるような単なる点ではなく、すべて神社群中心の位置にあり、周辺の神社二つの間に引いた線に対する直角線の収斂点になっているので、これまで多くの人達が用いて来たレイラインの手法とは桁違いに信頼性が高いことになります。
 
 考古学者はそんな馬鹿な話がある訳はない、「環状木柱列と環状列石は材料も形状も異なるので、このように全く異なる構造物を同じ思想でその位置を決めることなどはとても考えられない。」と言うに違いありません。もし、このような考え方をされたら★ストーンサークルの干字状パターンをもう一度読み直してください。北海道ではストーンサークル(環状列石)と環状土籬、東北では環状列石、関東では扁平敷石遺構、石川・富山付近では半截材木柱を使った環状木柱列、近畿では加工された巨石と全く異なる構造のものが、同一思想で配置されています。

 
この事実は、古代では一般的な地域社会を作っている原住民と、それとは全く別な高度の知識を持つ少数の人々(折口信夫の主張したまれびと)が日本にいて、その人達の指示する位置に原住民がその土地で作りやすい構造物を作ったとすると辻褄が合います。当時、国と呼べるようなものがあったかどうかわかりませんが、神社の配列で見る限り、現在の日本の領土とされている沖縄(尖閣列島を含み、大正島は神社群中心の位置にあります)から北海道まで、同じ思想で正確に神社が配置されていて、「まれびと」に相当する人達が現在の日本の領土となっている全範囲に影響を与えていたことがわかります。

 「まれびと」は当時進んだ文化を持った、どこかの地域から派遣された鉱山技師やその配下の人達、鉱石を探索する目的で派遣されてきたものの、その間に自国が侵略で滅亡したために本国に戻れず残留した人達などである可能性が高いのです。縄文時代にそのような人達が存在した証拠は、先にも述べたように山形県飽海郡遊佐町吹浦字女鹿三崎山の縄文時代の遺跡から見つかった青銅の刀子にもあります。また、明らかに金属製の刀を模造したと思われる石器が各地の縄文遺跡から高い頻度で検出されることからもわかります。

 この事実で領土問題が解決するかどうかわかりませんが、少なくとも、沖縄がかつて中国に属していたとか、対馬がかつて韓国に属していたなどとする主張は、沖縄や対馬の神社が日本本土と連続した同一配列状態にあることから、確率論から出る数値を持って科学的に否定することができるのです。ろくろく検討もせず、確かでもない常識をもとに、HSCPを無視したり、興味を持たない人達を国賊だと呼ぶ理由はここにあります。


注;あくまでも想像ですが、遮光器土偶は青銅製の鎧・兜を纏った「まれびと」の姿と古代シュメールの女神イシュタルの姿を併せ持つように模造したのかも知れません。常識では、女神が鎧・兜をつける訳はないと言われそうですが、イシュタルは戦いの神でもあり、武者姿をしているものもあるようです。日本書紀にある神功皇后が妊娠したまま新羅の国を攻めた話の元ネタもここから来ているのかもしれません。

注;昭和17年7月23日~8月5日に大湯環状列石を発掘したとき、現場から金鉱石も一緒に出土した記録があります。これは、環状列石と鉱山との関連を示す証拠でもあります。この金鉱石がどこの鉱山から産出したものかなど、分析した結果をお持ちの方はぜひその詳細を教えてください。(参考 日本の環状列石 羽田正明著)


2013.10.28 記

チカモリ遺跡の環状木柱列    真脇遺跡の環状木柱列  桜町遺跡の環状木柱列
(JOMONパークに復元されたもの)

さくらまちNEWS2003.3(桜町遺跡発掘調査団発行)1P
チカモリ遺跡の環状木柱列 
北緯 36度33分22秒61 東経 136度36分1秒13
 真脇遺跡の環状木柱列
 北緯 37度18分21秒10 東経 137度12分25秒18
桜町遺跡の環状木柱列 
発掘位置とは別の場所に復元
写真S2  

注;チカモリ遺跡、真脇遺跡は実際に環状木柱列があった場所に木柱列が復元されていますが、桜町遺跡の木柱列は現在別の場所に復元されています。環状木柱列の正確な中心位置はどの遺跡も公式な記載は見つからなかったばかりか、各遺跡にある博物館も木柱列の中心位置を示す正確な緯度・経度を把握していませんでした。これは、遺跡の位置そのものを詳しく研究した人がいなかったことを意味しています。先に書いたように、桜町遺跡の環状木柱列の中心位置は小矢部市教育委員会から教えてもらった値で少数点以下2桁が有効です。チカモリ遺跡の位置は現地における携帯型GPS装置による測定値と国土地理院の地図とのマッチングによって得た値で少数点以下2桁が有効です。しかし、真脇遺跡はマッチングする対象物が木柱列の直近になかったため僅かのずれがある可能性があります(数メートル程度)。


●古富士ポイント、環状木柱列、環状列石は直角に配置されている。

 兵庫にある石の宝殿はこれまで謎が多く、研究の糸口すらみつからなかったものです。これが縄文遺跡と関係しているなどと予想した人もいません。また、石の宝殿が92mの標高を持つ竜山石(流紋岩質溶結凝灰岩)と呼ばれる石で出来た山の裾を切り出したものです(切り出したと言っても底部は直接竜山につながっている)。竜山石は、仁徳天皇陵の石棺をはじめとして近畿にある多くの古墳で石棺として使われていることから、それが造られた時期が古墳時代であるとする予測を多くの人は持っていたようです。しかし、この期待は裏切られ、この位置が決められた時期は縄文時代まで遡る可能性を持ってきたことになります。
 
 こんなことを書いても、そんな馬鹿な話は聞いても無駄だと思われる方も多いに違いありません。そして、図S56は単なる偶然が重なったに過ぎないと考えたくなる人も多いでしょう。しかし、縄文時代に何百キロもの遠方の方角を知ることができたり、全山が石で出来た竜山から、何百トンもある構造物を切り出す技術を持った人達が実在したことことは疑いのない事実なのです。
 次は三つの環状木柱列の位置についてさらに別の見方をして見ます。★縄文遺跡と神社位置の関係(二)では古富士を出発した線が真脇遺跡を通り89.67度で佐渡の長者ヶ平遺跡に到着すること説明しました。恐らくこのような不思議なことは意図的に計画されたものではなく、偶然であろうと考えた人が多かったに違いありません。しかし、図S57を見たらその考えを変えざる得なくなるでしょう。

 古富士ボイント、状木柱列、環状列石の不思議な関係
 
番号 ポイント名 特徴 住所 結線・経路 屈曲点
内角
補正内角
真脇遺跡 環状木柱列(半截材木柱) 石川県鳳珠郡能登町字真脇 ⑧-②-⑨ 89.67゜ 90.15゜
チカモリ遺跡 環状木柱列(半截材木柱) 石川県金沢市新保本5 ⑧-③-⑩ 91.26゜ 90.13
桜町遺跡 環状木柱列(半截材木柱) 富山県小矢部市桜町 ⑧-④-⑦ 91.22゜ 90.12
大湯環状列石 ストーンサークル 秋田県鹿角市十和田大湯万座      
古富士ポイント 約3000年前の富士山ピーク 静岡県御殿場市  
長者ヶ平遺跡 メンヒル 佐渡市小木金田新田123-2  
亀ヶ岡石器時代遺跡 ストーンサークル未発見 青森県つがる市木造亀ヶ岡      
古富士ポイントに向かう線は環状木柱列の向きと一致している
図面上で、線の示す角度は地図の原理的な歪で必ずしも正しい値を示していません。
「補正内角」は屈曲点から対象ポイントまでの測地線長が100kmを超える場合、屈曲点から約100km地点における線上のポイント
を取り、その値を国土地理院「距離と方位角の計算」で計算した値です(楕円体モデルはGRS80)
。この値は、屈曲点の地域に該当する
直角平面座標系を使い、屈曲点付近で線が作る角度を見た値にほぼ近い値を示します。
 図S57 古富士ボイント、状木柱列、環状列石の位置関係(①から⑩はすべて神社群中心の位置にある)

 図S57は古富士ポイントを中心としてHSCPで環状木柱列に線を引いた結果です。ここでは古富士ポイントを中心として、環状木柱列と環状列石がHSCP配列となっています。②真脇遺跡の屈曲点の内角はほぼ正確な直角です。また、③チカモリ遺跡、④桜町遺跡における屈曲点の内角は直角からわずかずれています、しかし、両者の内角の差は0.04度しかありません。これは、その誤差要因が地殻変動によるもので、本来は極めて正確な直角であったことを示しています。
追記、この問題は追加した補正内角により、解消しました。古代人が縄文時代にこのような角度を認識できたとともに、北陸の環状木柱列と東北の環状列石が統一された思想で位置が決められていた決定的な証拠となると考えています。
この事実から、このような遺跡の位置は現地の住民が決めたのではなく、日本全体の範囲を意識できる、全く別の階級または能力のある人達が決めていたと考えざるを得ません。2014.3.18

  ここで、桜町遺跡を経由した線は国内では最も大規模なストーンサークルである大湯環状列石(内角の値は万座堂の中心位置で算出)に到着しています。また、真脇遺跡を経由した線は長者ヶ平遺跡に到達していますが、ここからはメンヒル状のものが検出されています。チカモリ遺跡を経由した線は亀ヶ岡石器時代遺跡に到達していて、前例にならえば、亀ヶ岡石器時代遺跡にもストーンサークルがあることが予想されます。残念ながら、今のところそれは未発見です。その理由は、この遺跡はまだ全部が発掘されていないことによるか、亀ヶ岡城の築城でそれがすでに取り除かれている可能性もあります。

2013.11.29記、2014.3.18補正内角追加


●環状木柱列の向きは古富士ポイントを向いている

 常識から抜けられない人は古富士ポイントについて疑問を持っている人が多いようです。そのような人は図S57に対しても疑問を持つに違いありません。★HSCPで箸墓古墳の謎に迫るでも箸墓古墳が古富士ポイントを向いていると説明しましたが、恐らく偶然の結果でしかないと考えた人も多いでしょう。

 古富士ポイントは全国の神社群のほとんどが干字状パターンによって指している点です。古代の富士山は二子山(ツインピーク)で3千年ほど前に大噴火や山体崩壊などによってほぼ現在の姿になったとされています。古富士ポイントはその前のピークであると考えています。神社群の総数は今のところわかりませんが、全国で恐らく数千あると考えられ、そのほとんどが持つ干字状パターンが古富士ポイントを指しています。こんな事を書いた人はこれまで誰もいません。しかも日本書紀には「富士山」の記載すらありません。多くの人が信じられないと考えるのは当たり前でしょう、しかし古代人が古富士ポイントを重視していたことは間違いのない事実なのです。日本全国の神社群から極めて正確な角度で作られた干字状パターンの中心線が何千本も古富士ボイントに到着しているのです。一本、二本なら偶然と言うこともありますが、桁が違う数で、思いつきで引いたようなレイラインとは全く信頼性の異なるものです。

 環状木柱列においても同じことが言えることがわかりました。環状木柱列は箸墓古墳の向きと同じように古富士を向いていました。つまり、図S57の③-⑧、④-⑧、②-⑧の三つの線はそれぞれの環状木柱列の向きと一致しているのです。(チカモリ遺跡は現在発表されている向きより一柱ずれていますが、これは木柱列痕跡の分析が間違っていたものと考えています)。以下にそれぞの環状木柱列の痕跡とその向きに対して説明をします。
2013.12.5記






真脇遺跡は古冨士を向いている桜町遺跡は古冨士を向いているチカモリ遺跡は古冨士を向いている










 真脇遺跡(現地説明板の写真を編集)  桜町遺跡(さくらまちNEWS2004.2の図を編集)  チカモリ遺跡(現地説明版の写真を編集)
中心位置 北緯 36度33分22秒61 東経 136度36分1秒13 中心位置 北緯 37度18分21秒10 東経 137度12分25秒18  中心位置 北緯 36度41分19秒79 東経 136度52分09秒97
 図S58 環状木柱列の痕跡(茶色)と古富士ポイントの方向(青色)
(青色矢印は各木柱列の中心位置を地図原点とした時の古富士の方向。一般の地図ではこの方向を正確に求めることができない
、図では真北が上方)

注;図S58は各環状木柱列と古富士ポイントの方向を青線矢印で示しました。この矢印の方向は各環状木柱列の中心位置から古富士ポイントを望んだ方向を表しています。地図を持っていなかったと思われる古代人が考えていた方向と一致していると考えています。しかし、一般の地図上で単に線を引いただけでは、この正しい方向は求めることができません。地図の持つ原理的な歪が存在することがその理由です。図S58は地図の原点をそれぞれの環状木柱列の中心位置にして地図を書き、その原点から古富士ポイントを望んだ方向を示しています。この作業は計算機を利用しなければ不可能な作業で、一般の地図上では絶対にできないことに注意する必要があります。

 図S58の真脇遺跡では、見かたによっては、その方向は少しずれているようにも見えますが、三角柱と共に門状に配置された木柱列は明らかに古富士ポイントの方向と一致しています。また桜町遺跡でも、木柱列の方向は正確に古富士ポイントを向いています。

注;桜町遺跡の木柱の痕跡を示す図は桜町遺跡調査団発行のさくらまちNEWS2004.2の「第三次調査区東側遺構概略図」を編集したものです。

 桜町遺跡の環状木柱列を復元されたものがJOMONパーク(富山県小矢部市桜町字中出1716-1)にあります。真脇遺跡とチカモリ遺跡は木柱列が検出されたと同じ場所に木柱列が復元されていますが、桜町遺跡は国道8号線小矢部バイパス建設地にあるので、環状木柱列は別の場所にあるJOMONパークに復元されています。この木柱列は地上部上方の柱に「貫穴」があり、その貫穴から予想された構造物が写真S2のように復元されていますが、そこに壁や屋根があったかどうかは今のところわかっていません。

 図S58のチカモリ遺跡でも環状木柱列の方向と古富士ポイントの方向が一致しています。ただし、遺跡の案内板では木柱列の反時計方向に一列ずれた方を入口としています。図に示した木柱の痕跡からは、確かにそのようにも見えて判断の難しい状況です。しかし、これまでの例を勘案すれば、恐らくそれは間違いで、古富士を向いた入口が正しいと考えています。


 ところで、チカモリ遺跡の「チカモリ」の呼び名はとても奇妙で外国名のようにも聞こえます。地元の伝承によると、3,200年前にチカモリ王がこの地区を治めていて、チカモリ王が通った場所は王進町(オウシンマチ)と呼ばれ、王様と高官だけが通ることができた道があったと伝えられています。(参考;金沢市西南部校下町会連合会発足10周年記念誌)
2013.12.10 記

★「神津島」の名前はHSCPによる線の収斂状態を示したものか?

 伊豆七島には神津島と呼ばれる島がありますが、この神社は、延喜式内社で『続日本後紀』の承和7年(840年)の項にも見られる神社です。鎌倉時代に書かれたとされる東京都東京都三宅記には「神集島」となっていて、島の名そのものに、神が集まるとした意味を持っていたことになります。

 日本固有種でるアジサイの名前は藍が集まった意味の集真藍(あずさい)から来ていると言われていことから見ても、古語では集まる状態を意味していた言葉を「集」の漢字にあてたと考えられます。もしかしたら、すでに伝承が失われているHSCPによる収斂線の状態が島の名前として残っている可能性も考えられます。

 神津島の物忌奈命神社に集まるHSCPの直角線
 
スタート点 経由点 到着点 補正内角
(度)
①物忌奈命神社
(延喜式内社)
東京都神津島村41
②鶴岡八幡宮 神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1番31号 竹島 島根県隠岐郡隠岐の島町 89.87
③一宮神社 新潟県佐渡市宮川甲429-1 ④志波彦神社 宮城県塩竈市一森山1番1号 90.46
⑤三嶋大社 静岡県三島市大宮町二丁目1番5号 ⑥伊弉諾神宮 兵庫県淡路市多賀740 90.22
⑦諏訪大社下社秋宮 長野県諏訪郡下諏訪町5828 ⑧安仁神社 岡山県岡山市東区西大寺一宮895 90.69
⑨石都々古和気神社 福島県石川郡石川町下泉269 ⑩高良大社 福岡県久留米市御井町1番地 90.95
⑨石都々古和気神社 福島県石川郡石川町下泉269 ⑫大山祗神社 愛媛県今治市大三島町宮浦 90.92
⑬雄山神社 富山県中新川郡立山町域内 ⑭玉祖神社 山口県防府市大字大崎1690 90.84
⑮気多神社 石川県羽咋市寺家町ク1 ㉒千栗八幡宮 佐賀県三養基郡みやき町大字白壁字千栗 90.34
⑰射水神社 富山県高岡市古城1-1 ⑱中山神社 岡山県津山市一宮695 90.39
⑲高瀬神社 富山県南砺市高瀬291 ⑳彌彦神社 新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2898 90.12
㉑気多神社  富山県高岡市伏木一宮1-10-1 ㉒千栗八幡宮 佐賀県三養基郡みやき町大字白壁字千栗 90.34
㉑白山比咩神社 福井県敦賀市曙町11-68 ㉒新居浜一宮 愛媛県新居浜市一宮町1丁目3-1 90.54
㉕水無神社  岐阜県高山市一之宮町一の宮上5323  ⑥伊弉諾神宮  兵庫県淡路市多賀740 90.00
㉖南宮大社 岐阜県不破郡垂井町宮代峯1734-1 ㉗敢国神社 三重県伊賀市一之宮877 89.45
㉘水若酢神社 島根県隠岐郡隠岐の島町郡723 ㉙西寒多神社 大分県大分市寒田1644 90.37
㉘水若酢神社 島根県隠岐郡隠岐の島町郡723 ㉚枚聞神社 鹿児島県指宿市開聞十町1366 90.48
㉛籠神社 京都府宮津市字大垣430 ㉜上一宮大粟神社 徳島県名西郡神山町神領字西上角330 90.24
㉜上一宮大栗神社 徳島県名西郡神山町神領字西上角330 ㉞宇倍神社 鳥取県鳥取市国府町宮下字一宮651 89.34
㉟玉祖神社 山口県防府市大字大崎1690 ㊱都農神社 宮崎県児湯郡都農町大字川北13294 91.00
㊲新田神社 鹿児島県薩摩川内市宮内町1935-2 ㊳海神神社 長崎県対馬市峰町木坂247 90.14
⑳彌彦神社 新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2898  竹島 島根県隠岐郡隠岐の島町 89.53
竹島 島根県隠岐郡隠岐の島町 大正島 沖縄県石垣市(尖閣諸島) 90.38
注;⑳彌彦神社の位置は旧殿の推定位置(HSCPによる) を使用
竹島の位置は東島の97mピーク点、大正島は75mのピーク点を仮に置いた(残念ながら、HSCPでは精度の問題で島内の正確な位置は求まらない)。
 「補正内角」は屈曲点から対象ポイントまでの測地線長が100kmを超える場合、屈曲点から約100km地点における線上の
ポイントを取り、その値を国土地理院「距離と方位角の計算」で計算した値です(楕円体モデルはGRS80)
 図S59 神津島の物忌奈命神社に集まるHSCPの直角線(②~㊳までがすべて一宮またはその論社、直角から一度以内の誤差)


 神津島には、伊豆諸島の神々が集まって、水の分配会議をしたとする伝説が残っています。しかし、これは島の名前から後世に創作されたもので、本来はHSCPによる神社間結線の集合点を意味していたものが誤って伝えられてしまったものとも考えられます。 そこで、神津島ですでに神社群中心であることがわかっている物忌奈命神社(ものいみなのみことじんじゃ、東京都神津島村41、延喜式内社、参考;図S25⑥)の位置を中心として、全国一宮との間でHSCPが成立するかどうかを確かめて見ました(この検証方式を一宮テンプレート方式による検証と呼びます)。

 図S59がその結果です。非常に数多くの直角線が成立しています。それぞれの、屈曲点を地図の原点になるようにしてその角度を測ると、直角からのずれは1度以内となっていて、直角定規ではその誤差を認識できない高い直角精度を持っています。一宮の数は全国で約120社です(論社を含む)、もし一宮の位置がランダムに配置されているとしたら、そのような精度の直角はせいぜい一つか二つ程度の直角しか成立しません。

 ところが、図S59で20件以上もの正確な直角線が成立していることは、一宮が物忌奈命神社の位置を意識して計画的に配置されているとしか考えられません。特に注目することは、三嶋大社を経由した直角線が90.22゜の高い直角精度で、国生み神話に登場する⑥伊弉諾神宮に到達していることです。同じように、㉕水無神社を経由した線はぴったり90.00度の直角で⑥伊弉諾神宮に到達しています。高い精度の直角線が同一点で交わるとした特異な事象は確率から見ても偶然に起きることは極めて稀で、これも計画的に成されているとしか考えられません。同じように、竹島に到着する線が偶然にして起きることはありません。その証拠は、竹島に到着する線が今回の事象以外に驚くほどたくさんあることからもわかります。

 さらに、神津島をオノコロ島に見立てると、それとなく国生み神話に繋がるようにも見えます。続日本後記(和7年、840年)9月23条では、⑤三嶋大社の祭神は阿波の命の后で、その御子神が①の祭神である物忌奈命であると記載されていて、この記載と神社配置は無関係ではないように見えます。もしかしたら、国生み神話は図S59のような神社配置を元にして生まれたのかも知れません。伊弉諾神宮に関してはこのリンク先に「地方神であった伊弉諾尊の神話が、淡路国から大和朝廷の神話に組み込まれた」などと書かれていますがHSCPで見る限り、それらの説はとんでもない間違いであることがわかります。


 

2014.4.23記

 承和7年(840年)10月14日まで無位でもあり、専門家がほとんど注目したこともなかった神津島の物忌奈命神社の位置がこのように重要な位置にあることを信じられないと考える人も多いでしょう。そこで、図S60を示します。

 図S60に示すように、伊弉諾神宮と古富士ポイントとの間に90.69度の高い精度の直角線が引けるとした特異な配列になっています。ここでは、物忌奈命神社を出たが全国の神社群中心が、干字状パターンで指している古富士ポイントを経由して、国生み神話に登場する伊弉諾神宮に到着するとした特異な関係にあることは、島の名前から発想して物忌奈命神社を選んだことが正しかったことを示しています。なお、後に説明しますが、
図S60は神社と縄文遺跡の位置が関係していることを語る重要な図の一部でもあります。

 ここで、少し脱線しますが物忌奈命神社は神津島村の集落はずれの港近くにある石段を上がった高台に、境内全面に白い砂を敷き詰めたとても美しいところに本殿があります。私は大学生の頃、幾度もこの社務所に泊めさせてもらいました。もともと、HSCPの発想はこの頃からあったのです。島の雨は熱帯の雨のように豪雨になることが多く、雨が降ると一歩も外にでることができなくなります。そのようなとき、島の焼酎を飲みながら地図を眺めていることしかやることのなかったときに、その発想が生まれていたのです。

 しかし、その後仕事が忙しくなり、退職するまでそれは封印されていました。神津島はとても好きな島であり、通算では半年以上も滞在しています。このように個人的にも好きな島にある神社が竹島や尖閣諸島とも幾何学的に関係した位置にあることは最近まで全く考えたこともありませんでした。図S59の意味がわかったとき、心臓が飛び出るほど驚いたのは己そのものです。ほんとうに不思議なことがあるものです。
 

 物忌奈命神社を発した線は、全国の神社群中心が指す古富士ポイントを経由、国生み神話に登場する伊弉諾神宮に到着する
 図S60  物忌奈命神社を発した線は、全国の神社群中心が指す古富士ポイントを経由、国生み神話に登場する伊弉諾神宮に到着する
(角度は補正内角)


★竹島(島根県隠岐郡隠岐の島町)、大正島(沖縄県石垣市)が本土の神社位置に関係している


  図S59から竹島と大正島(尖閣諸島、神社群中心として後にも説明)に関係する線を取り出し、さらに紀伊国一宮である伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ、和歌山県和歌山市伊太祈曽558)追加した図が図S61です。

  これまで古代人が重要であろうと考えた直角線には「ピギーバック配列」と名付けた親亀に子亀が乗ったような直角線の配列があることをすでに何度も書いています。青色の線で示した物忌奈命神社-竹島-大正島間の直角線もその例に漏れずピギーバック配列を持っています(図S61桃色の線)。しかも物忌奈命神社-竹島を結んだ線には頂点を彌彦神社、鶴岡八幡宮とする二つの直角線があります。一方、竹島-大正島間には伊太祁曽神社を頂点とする直角線を持っています。それぞれの頂点にある神社はすべて稀にしか存在しない一宮で構成されていて、しかもその直角精度も極めて高いので、このような配列が偶然にして起きることが無いことは確率論を知らなくても理解できるでしょう。

 物忌奈命神社-竹島-大正島(尖閣諸島)のピギーバック配列
 図S61 物忌奈命神社-竹島-大正島(尖閣諸島)のピギーバック配列(桃色線、経由点の神社はすべて一宮)
(角度は補正内角)



2014.4.27記

 沖縄の大正島まで達した線を持つ図S61を見てそんな馬鹿なことがあるわけがないと言う人は多いでしょう。このようなことは記紀のどこにも書いていません。もちろん、三国史、後漢書にも見られないので、信じない学者が多いでしょう。しかし、よく考えてください。これらに書かれた我が国の古代の様子は断片的で不確かです。このような不確かで少い情報から、我が国の古代の様子を知ろうとすることは、あたかも、未知数よりも式の数が少い連立方程式を解くようなものです。そのままでは絶対にその式を解くことは不可能なのにもかかわらず、憶測でしかない式や解を勝手に入れて方程式を解いているのです。正解など決して得られることが無いことを知っていながら、最もらしい答えを出す。古代史の研究とはそのようなものだど勘違いしている人達がたくさんいます。わからないことは「わからない」とはっきり言い切ることが学者の努めではないでしょうか?

 そのような中で、権威者や人気作家の意見がいつのまにか常識的な歴史観にすり替わってしまい、場合によっては体制の意見にまでなってしまいます。そうすると、本来確かかどうかもわからないものが、いかにも正しいように勘違いされてしまいます。このように、常識的な歴史観など正しいかどうかもわかってっていないにもかかわらず、その常識から逸脱した意見を出すと、それを攻撃したり、無視したりする風潮が蔓延していることは残念でなりません。

 図S61の大正島に関しても、「古代の沖縄が日本本土と関係していたなどあり得ない、ましてや大正島など・・・・・」と叫ぶ学者も居るでしょう。しかし、古代の沖縄のことを正しく知っている人が果たして居るのでしょうか?誰もいないはずです。本土の古代の様子もわかってもいないのに、遠くはなれた大正島の古代の様子など誰もわかっていないのがあたりまえです。

 それにもかかわらず、常識から外れた意見を出すと無視したり攻撃したりするのは一体どうしたことでしょう。どうしてその意見に真剣に向き合おうとしないのでしょうか?。こんな状態では、いずれ竹島だけでなく、尖閣諸島や沖縄本島、果ては対馬まで、どこかの国ににさらわれてしまいます。我が国が、将来そのような惨めなことにならないように、一生懸命書いていることをぜひわかってください。

 残念なことに、沖縄や対馬の歴史に関して、弱腰だったり、どこかの国に島を寄付したいと考えているのではないかと思うような考えを説く学者もいます。しかし、幸いにも、対馬にはその大きさに似合わないほどたくさんの本土と関係する神社群中心があり、その古富士線のF2Sは阿部首相の故郷山口県にその多くがあります。
後に詳しく説明する予定ですが、不幸にして、上陸戦の場となった沖縄には学者の好きな御嶽(ウタキ)とは別に、縄文から続いた正確な位置にHSCPの成立するポイントが現在も神社として地元の人々によって守られていて、その位置は図S61のように直接本土から到達する線と、奄美群島、吐噶喇列島を含む島伝いの線があります。(反論を歓迎します)

 前置きが長くなってしまいましたが、図S60や図S61に示す神社配置はいつ頃決められたのでしょうか?。図S55から、そのおよその時期は縄文後期か晩期であることがわかります。しかし、図S59は遺跡を含んでいないのでそれが明確ではありません。ここで、それとなく神話を連想させるような図S60を取り上げて見ます。

 図S60が神話につながるような重要な神社配置であるとすると、当然その線にも図S61の桃色で示す線と同様の線があって、ピギーバック配列が成立するはずです。しかし、いくら探してもそれに相当する線は見つかりません。しかし、その疑問は意外な形で解決しました。それを図S62に示します。

 伊弉諾神宮-物忌奈命神社-滝の前遺跡(新潟県)のピギーバック配列
 図S62 伊弉諾神宮-物忌奈命神社-滝の前遺跡(新潟県)のピギーバック配列
(角度は補正内角)

 すでに予告してあったように、図S60で示す直角線は、図S62で示す伊弉諾神宮-物忌奈命神社-滝の前遺跡(新潟県村上市岩ヶ崎)の直角線の一部、すなわち伊弉諾神宮-物忌奈命神社間に引いた線のピギーピギーバック配列(頂点は古富士ポイント)部分に相当していました。滝の前遺跡は縄文と弥生の複合遺跡です。また桜町遺跡は日本に4例しかない半截した栗材を使用した環状木柱列(ウッドサークル)を持つ特異な遺跡です。先にも述べたように、その栗材は年輪年代法によって紀元前800年頃に伐採されたとされています。後に述べる、幾何学的に竹島と強く関係する寺野東遺跡(栃木県小山市梁)などと併せて考えると、やはり図59による推定と同じく、縄文の後期から晩期頃に図S62の配置が決められたのではないかと推測しています。


注;「滝の前遺跡」は前記リンク先や調査報告書などでは「滝ノ前遺跡」としているものもありますが国土地理院の表示「滝の前遺跡」に合わせてあります。リンク先では弥生時代に重点を置いていますが、後に説明する竹島と強く幾何学的に関係する寺野東遺跡(栃木県小山市梁)が縄文の後期前半から晩期中葉となっているので、滝の前遺跡からもそれに合う遺物が必ず検出されるはずです。滝の前遺跡も神社群中心となっていて、その収斂点は国土地理院の遺跡マークの中心点とほぼ等しい点になっています。

2014.4.30記

 ここでも、図S62を見て「神社と縄文遺跡を一緒にするなどとんでもない。」と考える学者も多いでしょう。そのような人達は図S62は恣意的な線引の結果と偶然が重なっただけだと本気で考えているようです。そうですね、たったひとつの事象でそのようなことを断定することは危険でしょう。しかし、これまで神社と縄文遺跡については何回も書いてきたので、図S62が初めてではないのです。さらに、神社と縄文遺跡が関係している証拠はまだたくさんあります。しかし、ここではそれを後に譲って次の説明に移ります。

③大正島-④月ヶ岡神社-⑤知床稲荷神社の作る正確な直角   
スタート点 経由点 到着点 補正内角
(度)
③大正島
沖縄県石垣市
④月ヶ岡神社
注;図46
東京都小笠原村母島 ⑤知床稲荷神社
注;①
北海道礼文郡礼文町香深村知床 89.27
     図S63  ③大正島-④月ヶ岡神社-⑤知床稲荷神社の作る正確な直角
(角度は補正内角)

  図S63は③大正島-④月ヶ岡神社-⑤知床稲荷神社の作る正確な直角です。この図を見て、「笑うしかない、古代に大正島や小笠原に日本人が到達した記録もないし、北海道の神社は明治期に造られたのは誰でも知っている。」と多くの人は言うに違いありません。

2014.5.1記

 しかし、沖縄の歴史日琉同祖論に見られるように沖縄に関する古代の歴史はほとんどわかっていないのです。一番確かなことは、一時、沖縄には本土の縄文時代に相当するものがないとされていましたが、その後本土の縄文時代と似た遺跡がみつかっていることと、沖縄の方言と本土の方言が同じ起源を持っていることくらいでしょう。このように沖縄には古代を知ろうとすると、わずかの情報しかありませんが、HSCPで見ると沖縄や奄美群島、吐噶喇列島の神社には驚くほど多くHSCPの規則を持った線が引けるのです。 また北海道の神社に関して、多くの人が勘違いしていることをすでに書いています。

 図S64は図S63がピギーバック配列をしていることを示した図です。桃色の線で示したように大正島-高良大社の線には高良大社を頂点とするビギーバック配列になっています。また同じように、赤線で示した線は月ヶ岡神社-知床稲荷神社間の線に対して、阿蘇神社を頂点とするピギーバック配列となっています。高良大社、阿蘇神社ともに一宮です。このように数少ない神社に対して正確な直角線が引けるような配列は、あらかじめ計画し、その配列を決めていなれれば決してできないことがわかるでしょう。一般的な歴史観から大きく乖離している事象ですが、数学から見るとそれが計画的になされていることを数値を持って説明することができるのです。これでもまだ懐疑的な考えを持っている人もいると思いますが、図S63が偶然ではないことをさらに別の方法で説明することができます。ここでは、北海道の神社の認識にこれまで大間違いがあったことがわかるはずです。

注;九州王朝説を唱える人たちは高良大社が九州王朝に取って重要な神社であったと考えている人が多いようです。このリンクの「磐井は九州倭国の天皇」の項に高良大社について書かれていますが、図S64はこの説が「古代人が狭隘な地理感しかない」と思い込んでいたことによる誤認識を示す証拠の一つでもあります。HSCPで見る限り、九州王朝説はこの思い込みが大きな勘違いを生んでいるようです、その証拠はまだたくさんあります。

直角線、大正島-月ヶ岡神社-知床稲荷神社のピギーバック配列 
 図S64 直角線、大正島-月ヶ岡神社-知床稲荷神社のピギーバック配列(高良大社、阿蘇神社は一宮
(角度は補正内角)

2014.5.2記

 神社が規則的に配置されていることは、日本中の神社を見て回ると、神社の前に平地があるにもかかわらず、わざわざ山(岩山を削っている場合もある)を削って位置合わせをしているのではないかと考えられる神社がいくつもあり、絶対に何かの法則にもとづいて神社の位置を決めているはずだと確信をしていました。しかし、全国30万社もある神社からその糸口を見つけることは、滅茶苦茶にもつれた糸を解くように難しく、何度も挫折しそうになりました。このような中で、伊豆の島や屋久島、礼文島、大東島などからは比較的簡単に神社群中心を見つけることができ、それが糸口になって少しづつ解けていった経緯があります。現在は、すっかり慣れてしまって、本土の神社密度の高いところでも、簡単に神社群中心を見つけることができるようになりましたが、当初は礼文島の知床稲荷神社、屋久島の矢筈八幡神社などの数少い神社の位置が研究を継続する心のよりどころになっていたのです。研究を始めた頃は、その中の一つである知床稲荷神社が小笠原や尖閣諸島と関係しているなど全く考えてもみませんでした。

  また少し脱線しましたが、月ヶ岡神社から直角に伸ばした線が到着する点が、かつて心のよりどころとなっていた礼文島の知床稲荷神社だったのです。そして、大正島-月ヶ岡神社-知床稲荷神社を結んだ補正内角は89.35゜と正に神が決めたような正確な直角になっています。大正島から母島、母島から礼文島それぞれ2,000Kmもの距離があるのです。私は小笠原が復帰直後に父島へ48時間もかかって行ったことがあります、東京の竹芝桟橋から父島まで約1000Km弱です。その倍の距離ですから本当に遠い距離だと実感できます。そのような距離を古代人が正確に方向を知ることができたとは本当に驚きです。

 驚きはそれだけではありません。母島から礼文島への到着した線は⑤知床稲荷神社を経由して神社群中心である⑥樺岡不詳神社(北海道稚内市声問村樺岡)へ90.16゜度と、これも神が決めたような精度の直角で到着しているのです。疑い深い人は、数ある神社の中からあらかじめ、このようになる神社を選択していれば何も不思議ではないと言うかも知れません。

 ④月ヶ岡神社(母島)から⑤知床稲荷神社に到着した線は直角で⑥樺岡不詳神社に到達する
 図S65 ④月ヶ岡神社(母島)から⑤知床稲荷神社に到着した線は直角で⑥樺岡不詳神社に到達する

 そこで、図S66を示します。図S66に示す小さな赤丸印が神社の位置を示しているように、北海道の神社の分布密度は低く、よりどりみどりに神社を選ぶことはできません。しかも、勝手に選んでもその点が神社群中心である可能性はものすごく低いのです。図S65では神社群中心である⑨利尻山神社を出た線が⑧、⑨を通り⑥樺岡不詳神社に到達する線は一本の線のように見えますが、拡大をすると図S66に示すように、⑦音問神社と⑧の音問不詳神社の二つの点を経由する二本の線になっています。経験則ですが、異なる点を経由して来た線が交わる点は必ず神社群中心になるとした規則があります。したがって⑥は間違いなく神社群中心であることがわかります。さらに、一部しか表示されていませんが、その点が周辺の神社から引いた直角線の到着点になっていることがわかります。
図S65には仮想神社群中心となっている興味ある点もありますが、この説明は別の機会に譲ります)

 北海道音門にある神社の特異な配列
 図S66 ⑥から⑧、⑨の異なる点を経由、同一点⑨に到達している
(角度は補正内角)


さらにまだ驚くことがあります。図67は利尻島付近の拡大図です。ここのグリーンの線で示すように、利尻島の神社群中心である⑨利尻山神社と、もう一つの神社群中心である⑩御崎不詳神社からそれぞれ90.63゜と90.80゜の高い直角精度で竹島(島根県隠岐郡隠岐の島町)へ向かう線があることです。

 利尻島の神社の不思議な配列
 図S67利尻島から竹島(島根県隠岐郡隠岐の島町)に向かう二本の直角線(グリーン線)
(角度は補正内角)


 利尻島から竹島に到着する線がある
 図S68知床稲荷から丸松不詳神社を経由、竹島に到達する直角線
(角度は補正内角)

  その後、全国各地の神社群中心から竹島に向かう線が見つかり、特に日本海側沿岸付近にある神社群中心から竹島に向かう直角線が数多く見つかりました。しかも、その中には竹島に向かう直角線の屈曲点が神社群中心であるとする、極めて特異な神社配列まで頻繁にあることがわかりました。
図S68はその例で、礼文島の知床稲荷神社を出発した線は丸松不詳神社(北海道天塩郡遠別町丸松)を経由し、正確な直角で竹島に到達しています。この場合は、出発点の知床稲荷神社だけでなく、丸松不詳神社も神社群中心となっていて、周辺の神社から伸びた直角線の収斂点になっています。このような特異な事象は神社配置がこれまで常識的に考えられていたように、ランダムに配置されているとしたら、決して起きることはなく、神社が計画的に配置されたことを示しています。

注;図S65、図S66、図S67、図S68はその後一部に間違いがあることがわかりました。これは★北海道の神社で順次訂正して行く予定です。


2014.5.2記

 竹島に到達する線が遠方の北海道からあることで驚く人が多いと考えます。これまで、北海道の神社は明治期にできたと考えていた多くの人達の驚きはなおさらだと考えます。常識的な北海道の歴史観からは絶対に考えられない事です。しかし、そのような歴史観は先にも説明したように、誤った権威者の説や、文献に残るわずかしかない記載から造られたものであることが明確になったことになります。その証拠はすでに書いたように、明治政府が「怪しい迷信に惑わされて小祠を信仰することを禁ずる」令を出したことにもあります。これを言い換えると、開拓時の原野に、何らかの小祠がすでにたくさん存在していたことになるのです。

 
誰もその歴史を解明できない小祠があることは、「万世一系」を推し進める明治政府には許せない問題であり、小祠の正体を解明できない学者もそれに触れることが不利であることを承知していたので、その両者の利害が一致していた経緯のなかで出来上がった歴史観でしかなかったのです。実際は、何も無いところに社殿を建てるよりも、小祠のあった場所を選んで、そこに新たな社殿を創建し、そこへ、本土から神社を勧請したに違いありません。その後、得体の知れない小祠は忘れられるか、意図的に隠され、社殿創建日や勧請した祭神と神社名だけが残ったのです。

 その後、竹島に到達する直角線は驚くほど多く、全国の神社配置に大きな影響を与えていたことが、次第に明確になってきました。いきなり遠方から到達する線を先にしたので、疑問を持たれる人も居ることを危惧しているので、今度は最も近い隠岐から竹島に到達する線を示します。

  隠岐島内の神社群中心から神社群中心を経由して直角で竹島に到達する4本の直角線
 図S69 隠岐島内の神社群中心から神社群中心を経由して直角で竹島に到達する4本の直角線
(角度は補正内角)

  図S69は 隠岐島内の神社群中心から神社群中心を経由して直角で竹島に到達する4本の直角線を示したものです。見ての通りで敢えて説明の必要はないでしょう。線の出発点も経由点も神社群中心であることから、思いつきで引いたようなレイラインとは桁違いに信頼性の高いものです。同様な例はまだたくさんあり、日本海沿岸だけでなく、長野県や奈良県などの内陸からもあることから、古代は竹島の位置が特に重要視されていたことがわかります。(竹島の位置は東島の97mピーク点を仮に置きました。残念なことに、精度の問題で、真の神社群中心が竹島・島内のどこにあるかはHSCPで求めることはできません。)

2014.5.5記
 尖閣諸島の大正島(沖縄県石垣市)が神社群中心であると主張していますが、まだこの証拠を書いていません(もうすでに線を引いた方もいると思いますが、この結線は後に説明します。)未だに、誤った常識から抜けられない人達は図S61、図と63を信じられないかも知れません。しかし、これまで書いたことで、大正島の位置が日本の本土の神社に影響を与えている証拠はすでに十分にあると考えていますが、更に念を入れて説明をします。

 これまで神社群中心には古富士線があり、干字状パターン持つと説明してきました。それなら、当然大正島もそれを持つはずです。それを示したものが図S70です。大正島は古富士から1,700kmもありますがほとんどが海域になっているので干字状パターンを求めることは簡単です。その方法は、

 1.大正島から古富士まで線を引く。(図S70の①-⑤の線、古富士線と呼ぶ)
 2.この線は本土まで全部海域で静岡県浜松市南区にある米津の浜で本土に到達します。この到達点から古富士ポイントの間にその線上に神社がないか調べます。
 3.最もこの線に近い神社は天神社(静岡県磐田市加茂西1220-1)であることがわかります。(図S72参照)ここで天神社が神社群中心の条件を満足するかを調べます。
 4.②天神社を中心として周辺の神社に線を引き、その点からさらに直角に線を引き、その延長線にある神社がHSCPの条件を満足するかどうかを調べる。
 5.4.がOKであることを確かめたら②天神社の位置で直角に線(③-④の延長線に相当)を引きます。
 6.②天神社の位置で引いた直角線の上に乗る神社を調べると太平洋では③六社神社がみつかる。
 7.③六社神社の位置も4.と同じように神社群中心であるかとうかを確認する。
 8.日本海側は④白山神社がみつかる。(経験上、干字状パターンの端点は海に近い位置で見つかることが多い。)
 9.④白山神社の位置も4.と同じように神社群中心であるかどうかを確認する。
10.④-③の線を引く(F2SLが④、F2SRが③になります。F1SL、F1SRは海域でありません)

注;②、③、④どれかの線が神社群中心の条件を満足しない場合はその線引きは間違いです。ただし、海域が近くにあり、端点までの距離が極端に短い場合、それが省略されていることがあります。また神社群中心を確認する場合、直角線のずれが直角定規で確認できるほどある場合もその線は間違いです。古代人の能力を過小評価することが結線の間違いを起こす最大の原因になることを心得てください。また、
地図は屈曲点を原点に置き直す機能がないものは使用できません

   大正島(尖閣諸島、沖縄県石垣市))の干字状パターン
 出発点  経由点  到着点 補正内角
(度) 
①古富士ポイント(静岡県御殿場市) ②天神社(静岡県磐田市加茂西1220-1)  ④白山神社(石川県加賀市細坪町ラ57)  89.35
①古富士ポイント(静岡県御殿場市) ②天神社(静岡県磐田市加茂西1220-1)  ③六社神社(静岡県磐田市福田2100-1)  90.25
   図S71 ⑤大正島(尖閣諸島、沖縄県石垣市))の干字状パターン(頂部大正島を通る横棒は海域で欠落)
(角度は補正内角)


 天神社(静岡県磐田市加茂西1220-1)付近の拡大図
 図S72  天神社付近の拡大図(角度は補正内角)

 図S72に示すように⑤大正島から古富士ポイントに引いた線と②天神社の位置は約25mずれています。このずれの大きさをどのように考えるかはそれぞれ異なると思います。
私は、このずれは地殻変動によるものと考えていますが。改築時に神社が移動する場合もあるのではないでしょうか?
 1,700kmも離れた大正島の位置が本土の神社の位置に関係しているなど、とても信じられないと思う人は多いでしょう。次は、②天神社の位置が偶然ではないことを説明します。
驚くことに、②天神社の位置は竹島や諏訪神社上社本宮の位置とも無縁ではないのです

2014.5.9記

 図S73は図S71の大正島に対する古富士の干字状パターンにピギーバック線(桃色)を追加した図です。すなわち、③六社神社-⑤大正島間の線には桃色の線で示したように⑦竹島を頂点とする補正内角90.23度、③六社神社-④白山神社間の線には⑥諏訪大社上社本宮(信濃国一宮,長野県諏訪市中洲1)を頂点とする補正内角90.45度のピギーバック線があります。この図から
、③六社神社の位置は①古富士ポイントと⑤大正島、⑦竹島の位置によって決まっていることがわかります、どの位置も自然に決まったもので動かすことのできない位置となっています。このように自然物の位置だけで、明確に神社の位置を説明できたことは世界で初めてであると自負しています。また、⑥諏訪大社上社本宮の位置は③六社神社と④白山神社の位置によって決まっていることを示しています。(諏訪大社上社本宮の絶対位置を決定するにはもう一つの条件が必要です、この詳細については別途説明する予定ですが、ここでも古富士ポイントの位置が決め手になっています)。

  どちらの補正内角を見ても古代では考えられない高い直角精度になっています。この現実を見て、これまで古富士線や干字状パターンが偶然によるものだとか、意図的な結線によるものだと言い続けていた人達はどのように考えるのでしょうか?。このような特異な現実の事象に向き合おうとせず、小説のような三国志や、矛盾だらけの記紀などを盲信していることの矛盾になぜ気づかないのでしょう-。

 私の勝手な考えですが、図S61、図S73だけでも世界遺産に登録できる次の登録基準を備えていると考えています。後に述べる大正島と魚釣島、多良間島の神社と魚釣島の関係を加えればさらに完璧になります。もしそうなれば、これまであった二つの紛争も平和裏に良い方向に向かうのではないかと真剣に考えています。

○ 人類の創造的天才の傑作を表現するもの。
○ 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。
○ 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。

ここで、最も障害になるのは現実に向き合うおうとしない、自他ともに「知識人」と考えている人達がやたらと多くいることです


 大正島(尖閣諸島、沖縄県石垣市))の干字状パターンのピギーバック線(
    図S73 ⑤大正島(尖閣諸島、沖縄県石垣市))の干字状パターンのピギーバック線(桃色線)
(角度は補正内角)

 これまでの経験では、干字状パターンで図S73にあるように、近傍に海があって、②天神社から海側に向かって極端に短かい線しか引けない場合、そこに神社群中心がみつからず、干字状パターンの横棒の一部が欠落している場合がほとんどでした。しかし、図S73では②天神社から海域までの距離が極端に短いにもかかわらず③六社神社の神社群中心が存在しています。理由はわかりませんが、これは稀な例です。ちなみに、②天神社-③六社神社間の線にはピギーバック配列を作る神社はありません。代わりに、①古富士ポイント-③六社神社間の線にはピギーバック配列を作る神社がたくさん存在します。この事実や⑦竹島の古富士線とその干字状パターンについては次に譲ります。


2014.5.11記
 図S71、図S72、図73にある②天神社は恐らく菅原道真を祭神としていて、神社の創起を903年頃にしてあるに違いありません。これを理由に、この神社の位置がその頃に決まったとすることは早計です。以前にも書いたように学者の中には秋葉神社は江戸時代に名前が決まった新しい神社だと平気で言う人もいます。これは神社の発祥そのものを全く知らない人の言うことです。これと同じように、天神社の創起された時期を菅原道真に合わせて考えてはいけません。神社の歴史はそんなに新しいものではありません。「天神」の意味は元々「高天原にいる、または高天原から天降った神の総称」であって、菅原道真とは全く関係のなかった神です。

 さて、次に竹島の干字状パターンについて考えて見ます。このパターンを書くのも次のように簡単です。
1.図S74に示すように、①古富士ポイントから②竹島に線を引きます。
2.①-②間に引いた線上に神社が無いかを海側から調べます。
3.③守黎神社がすぐに見つかります。(実際は46mほど南西方向にずれている)
4.③守黎神社(福井県福井市鮎川町)の位置が神社群中心の位置にあるかどうかを周辺の神社について調べ、HSCPが成立するかどうかを確認します。
5.③から①-②間に引いた線に直角に線を引き、その線上に乗る神社を海側から調べます。
6.④伊太祁曽神社(紀伊国一宮、和歌山県和歌山市伊太祈曽558)が見つかります。この神社は図S61にも登場した神社です。これはすでに神社群中心の位置にあることが確認済みです。
7.同じように、竹島から②-①の線に直角線を引き、海側からその線に乗る神社を調べます。
8.白木神社(福岡県糸島市王丸410)が見つかります。この神社も神社群中心の位置にあるかどうかを確認します。

 竹島の干字状パターン
図S74  竹島の干字状パターン(横棒二本の線は海域で省略されている)伊太祁曽神社は紀伊国一宮
(角度は補正内角)

この結果を図S74に示します。


 守黎神社の位置 
 図S75  守黎神社の位置

注;守黎神社の位置は国土地理院の地図の位置(もしかしたら別名の神社かも知れない)

北緯36度05分41秒80 東経136度01分56秒28

としてあります。(この位置が神社群中心の位置にあります)。市販の地図では84mのピーク点の位置に神社があるように書かれていて、航空写真でもそこに神社があるようにも見えます。しかし、その位置は神社群中心の位置にありません。


2014.5.18記

 色々と多忙で更新が遅くなってしまい申しわけございません。これまで、竹島(島根県・隠岐の島町)と大正島(尖閣諸島)の位置を神社群中心とした干字状パターンについて説明してきました。この説明を読んで「信じがたい」とか「馬鹿馬鹿しくて読んでいられない」など色々のご意見があったと思います。しかし、まじめに向き合ってこの項を読んで下さった方々はその不思議さに感動されたに違いありません。それでも、遠くはなれた尖閣諸島にある大正島の位置によって静岡県の天神社の位置が決まっていることなどはとても考えることができない、やはり何かの偶然が重なったに過ぎないと考えた人は多いでしょう。

 そうですね、常識的に考えればそれはまともな考え方でしょう。私自身もこのような意外な結果に驚くよりも、やはり偶然ではないかと疑っていた時期もありました。しかし、後に説明する沖縄の神社群中心や、奄美大島、鬼界ヶ島にある神社群中心は静岡県の天神社(図S73の②)からそう遠くない場所にそれぞれ干字状パターンの下側横棒の交点を持ちます。詳細は後にしますが、そのパターンを見れば恐らく、その疑いはすぐに晴れ、古代人の能力に改めて驚嘆するに違いありません。(実は、後にまとめてこれらの事実を説明する目的で、図S73ではその重大な事実を隠してあります。)

注;図45~図47に誤りがありました。近いうちにこの訂正をする予定です。

 
もし、これらの線が偶然ではないとしたら、日本の古代史、特に沖縄と本土の関係についてほとんどの人たちがこれまで勘違いしていたことになるだけでなく、世界の技術史も大きく塗り替える必要も生じてきます。やはり、偶然とは起きるものだと考え、この事実を葬ってもすぐには何も問題が起きるきることもないでしょう。関係する多くの学者はそれを望んでいるに違いありません。 しかし、大勢の学者を敵に回しても正しいことは正しいと主張しなければ、真理の追求はできません。そこで、くどいようですが、やはり偶然ではないかと考えたい人たちに、更に念を入れて説明を続けることにしました。


★竹島(島根県・隠岐の島町)と大正島(尖閣諸島)の驚く幾何学的関係

 図S61を見ると、竹島と大正島を結んだ線に対するピギーバック配列として伊太祁曽神社があり、明らかに伊太祁曽神社の位置が竹島と大正島の位置を意識して決められていることがわかります。領土問題として注目されている二つの島の位置がこのように特殊な幾何学関係にあることははたして偶然なのでしょうか?

 竹島と大正島の特異な幾何学的関係 
 図S76 竹島と大正島の特異な幾何学的関係 (石上布都魂神社、伊太祁曽神社はどちらも一宮)   
(数字で示す角度は補正内角、図の角度は地図の原理的な歪により正しい角度を示していません)
 石上布都魂神社(いそのかみふつみたまじんじゃ)  備前国一宮、岡山県赤磐市石上1448
 伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)  紀伊国一宮、和歌山県和歌山市伊太祈曽558

  図S76は干字状パターンの一番目の縦棒に相当する線、すなわち竹島では竹島-守黎神社間、大正島では大正島-天神社間の線にも、それぞれの線を底辺として、石上布都魂神社、伊太祁曽神社を頂点とする赤色の線で示した直角三角形が成立し、ここでもピギーバック配列になっていることです。それぞれの頂点にある神社はどちらも数少い一宮で、これだけでも偶然に起きることは考えられない特異の配列になっているだけでなく、大正島の古富士線の一部である、大正島-天神社間の線に対するピギーバック配列の頂点が竹島の古富士線上にあり、しかも干字状パターンの二段目のクロス点と一致しています(図S73、図S74を参照)。このように特異な配列が偶然にして起きることは決してありえないことは、確率論を出すまでもなく理解できるでしょう。

2014.7.1記。

 先に説明したように古富士ポイントから対象点(竹島、または大正島)に線を引き、その線上に神社がないかを海側から探します。そこで見つかった点が周辺の神社に対してHSCPを満足すればその点が干字状パターンのクロス点になるのです。このようにして簡単に求めることのできた点が図S76に示すように特異な幾何学的特性を持ことに驚いたに違いありません。特に大正島の位置が静岡県にある天神社の位置を決めていることは常識的には信じられない事象ですが、これは紛れも無い事実です。これを確認するには地図さえあれば誰でも確かめることができ、その結果は誰が行っても同じになります。

 それでもまだ疑っている人には図S-77を見てください。この図は大正島の干字状パターンの二段目のクロス点である天神社-古富士ポイントの線に対するピギーバック配列の成立する神社(補正内角が一度以内の誤差に入っているもの、一部に寺院を含む)を選んでその位置を示したものです(神社は直角の屈曲点の位置にあります)。また、表S-1では、この屈曲点における補正内角とその位置を緯度、経度(世界測地系)で示しています。ここでは、神社を神社名ではなく番号で示し、西伊豆方面の屈曲点から反時計回りの順番になっています。

 表S-1に示したように、補正内角が1度以内になる神社だけで55社もあります。これは偶然では考えられない異常な数です。もちろん、ここでヒギーバックが成立しているのは、古代人が意図したものではなく、偶然による例も含むと考えていますが、かなりの線は計画的に意図されたものであって、古富士ポイント-天神社-大正島の線が古代には特別に重要視されていたことの証拠になります。また、ピギーバック線の一部(沼津市大諏訪41-1にある久連神社と天神社を結んだ線)は月ヶ岡神社(小笠原・母島)の干字状パターンの一部にもなっていて、ここでも古代人が遠方にある神社の位置を重要視していたことがわかります。

 古富士ポイント-天神社の特異なピギーバック配列
図S77古富士ポイント-天神社(静岡県磐田市)間を結んだ線に対する異常に多いピギーバック線(誤差1度以内)
この線の一部(久連神社を経由する線)は小笠原・母島にある月ヶ岡神社の干字状パターンの一部となっている


番号 北緯
度分秒
東経
度分秒
補正内角
番号 北緯
度分秒
東経
度分秒
補正内角
1 344345.95 1374955.53 90.00 29 353158.49 1381828.03 89.69
2 344130.44 1375229.04 89.43 30 352523.82 1375444.99 90.35
3 344023.07 1375414.03 90.75 31 352255.94 1375056.93 89.77
4 344614.98 1384619.89 89.43 32 352332.31 1375104.78 89.10
5 344639.10 1384633.77 89.56 33 352319.47 1375109.50 90.02
6 344704.89 1384647.02 89.72 34 352244.35 1375034.98 89.60
7 350033.48 1385214.68 89.63 35 352351.72 1375235.31 90.35
8 350043.86 1385222.35 89.36 36 352200.56 1375029.25 90.46
9 350108.50 1385211.91 89.85 37 352156.03 1375024.24 90.46
10 350508.43 1385216.24 89.46 38 352034.84 1374918.99 90.84
11 350117.50 1385208.28 90.02 39 352006.56 1374830.17 90.35
12 350120.92 1385158.38 90.43 40 351955.12 1374841.95 90.84
13 350550.47 1385215.75 89.24 41 351605.39 1374537.51 90.65
14 350604.62 1385207.78 89.54 42 351247.03 1374322.67 89.86
15 350717.88 1385200.45 89.26 43 350845.08 1374200.56 89.89
16 350714.01 1385133.56 90.74 44 350840.30 1374150.55 89.60
17 350721.60 1385140.49 90.29 45 350605.41 1374112.26 89.24
18 350753.10 1385127.46 90.67 46 350459.33 1374111.56 89.47
19 351347.74 1384940.92 89.50 47 350445.54 1374130.03 90.24
20 352907.31 1383147.35 90.14 48 350423.19 1374109.59 89.49
21 352900.68 1383138.42 90.81 49 350325.71 1374139.01 90.80
22 352923.54 1383141.25 89.21 50 350306.23 1374109.77 89.59
23 352957.09 1383013.54 89.12 51 344858.27 1374530.96 89.53
24 352951.35 1382929.59 90.37 52 344821.34 1374604.42 90.70
25 353002.58 1382910.24 90.05 53 344821.22 1374604.64 90.72
26 353023.38 1382821.87 89.66 54 344725.11 1374637.88 89.58
27 353038.68 1382730.12 89.60 55 344617.92 1374731.76 89.53
28 353139.95 1381830.03 90.50
表S-1        (緯度・経度は世界測地系)


 月ヶ岡神社(小笠原・母島)の干字状パターン
 図S78 月ヶ岡神社(小笠原・母島)の干字状パターン(天神社は大正島の古富士線上にある)
日枝神社(千葉県市原市鶴舞256)は古富士ポイントの緯度(17秒の差)と等しい特徴を持っている

 図S78に示すように、小笠原・母島にある月ヶ岡神社の二段目干字状パターン(一段目は海域で省略)は久連神社(くずらじんじゃ、静岡県沼津市大諏訪41-1)の端点は天神社になっています。すなわち、大正島の古富士線上にあり、大正島の干字状パターンの二段目のクロス点にあった天神社は母島にある月ヶ岡神社の干字状パターンの端点である天神社と共通になっていたのです。このようなことが偶然に起きることは考えられないので、古代人の優れた能力によるものに違いありません。また、月ヶ岡神社の干字状パターンのもう一つの端点である日枝神社(千葉県市原市鶴舞256)の緯度は古富士ポイントの緯度とほぼ等しく17秒の差しかありません。更に図では省略してありますが日枝神社の干字状パターンはその端点が磯崎神明神社(千葉県鴨川市内浦2836)と熊野神社(秋田県能代市坂形堂ノ後3)の神社群中心にあり、ここでは、二つの神社の経度がほぼ等しい特徴を持っています。

 古富士ポイント-天神社間のピギーバック線と周辺の神社分布
 図S79 古富士ポイント-天神社間のピギーバック線と周辺の神社分布(赤丸印中心が神社のある位置、丸印の直径は750m)
(この地域は異常に神社密度の高い部分がある)

 図S79は古富士ポイント-天神社間に引いた線に対するピギーバック線(図S77と同じ)とその周辺にある神社の分布を示したものです。この地域は全国でも稀なほど神社の分布密度の高い地域です(一見、ランダムな配置に見えますが、これらの神社のほとんどはHSCPによる規則的な配置になっています)。この図では神社の密度が高いので、ピギーバックの直角線がいくらでも成立するように誤解を受けるかも知れません。しかし、図の神社の位置を示す小円の直径は750mもあります。一度以内の誤差で直角線を引こうとすると、その大きさは巨大な円に見えるはずです。試みに、例えば、天神社の位置を意図的にずらしてから直角線を引こうとすると、とても困難であることがわかります。そして、図にある直角線の異常な多さが実感できるでしょう。


2014.7.11記

 ここまで説明しても、未だに常識的な歴史観から抜けられない人がいて、遠くはなれた小さな無人島でしかない大正島(尖閣諸島)の位置が本土にある神社の位置に影響を与えている事実を実感として感じられない人が多いに違いありません。そこで、大正島の位置が九州の神社だけでなく、南紀・はては伊豆諸島の神社の位置まで影響を与えている具体的な事実を順を追って説明して行きます。この事実は神社の発祥について新たな考え方を示してくれるに違いありません。
そして、これまで考えられていた神社の観念を根本から考え直す必要があることを示してくれると共に、古代人の驚くほど優れた能力に改めて驚嘆するに違いありません。

    権現神社を出た線は下大野神社を経由して90.2゜の高い直角精度で大正島に到着する
 神社名  住所  緯度 経度   屈曲点の補正内角
 権現神社 宮崎県宮崎市高岡町浦之名599付近   315743.03  1311314.60  
 下大野神社 熊本県八代市二見下大野町2411  322429.29  1303329.26  90.20゜
 大正島  沖縄県石垣市(尖閣諸島)  314145.21  1295357.97  
     図S80 権現神社を出た線は下大野神社を経由して90.2゜の高い直角精度で大正島に到着する
 緯度・経度の単位は度・分・秒(世界測地系、角度計算は)国土地理院の距離と方位角の計算による。
補正内角は屈曲点から100km以内はそのままの点、100kmを超えるときは約100kmの点で計算
(補正内角は屈曲点付近の直角座標系で計算した角度差にほぼ等しくなる。)

 大正島は下大野神社から900km余もあります。このような遠方の距離にもかかわらず、その角度は90.20度と驚くほど高い精度で神社が配置されています。私の属している古代史の会の古参連中のように、いつまでも脳天気でいて、「日本は神社が多いからそのような点を探すのは簡単だ」と未だに、月から帰還した宇宙飛行士に向かって「月にはウサギかいるはずだ」と主張していると同様な人たちは、この現実を見てどのように考えるでしょうか?。実際に線を引いたことのない人は、これまでの常識的な歴史観を一生変えることができず、古代人の残してくれた、感動する多くの事実を知らずに没してしまう可能性もあり、本当に残念なことと考えています。

注;以下に続く説明で、会の人たちが信じているアラハバキと客神社の関係についても、これまでの考えを否定する事実が見つかりました。これまでのようなアラハバキ神の研究方法では決してわからなかった事実です。

  図S80で下大野神社と権現神社を選んだ方法は、その脳天気な人達が考えているような試行錯誤によるものではありません。新しく発見した確かな法則によって、その神社を選んでいるのです。下大野神社も権現神社も神社群中心の条件を満足しています。この条件を元に、脳天気な人たちの考えるような試行錯誤による方法で大正島に直角で到達する2点を探そうとしたら、逆に日本は神社が30万社も多くあるので、とてつもない努力と時間が必要でしょう。

 下大野神社は先のページでも登場した神社で、長野県の諏訪大社上社本宮との関係について伝承のある神社です。その伝承は長野から到着した祭神が「井牟田海岸から山道を越えて当地に到着」となっていて、祭神が山側ではなく海側から来ることになっている不思議な伝承は、もしかしたら、図S80と諏訪神社の祭神が混同して生じたものかも知れません。ちなみに、偶然かも知れませんが井牟田(熊本県葦北郡芦北町井牟田和田)にある不詳神社から、89.93゜で伸ばした線の先(鹿児島県姶良郡湧水町木場2835)には諏訪神社があります。

 次は、脳天気な人たちの考えに反して、上記の二社を選択した明確な理由を説明しますが、図S80が種子島の神社や遠くはなれた伊豆諸島の神社と関係していることを知ったらもう驚かない人はいないに違いありません。

2014.7.25 記

図S71はその実例です。いきなりこの図を見てもなかなか信ずることができない人が多いでじょう。しかし、この図が決して特別ではないことが次第にわかってきます。
大正島に向かう線は後に述べる共通の法則を持っていることがわかってきました。同様な特性を持つ線はまだたくさんあります。


 権現神社には東京都東京都三宅島(伊豆諸島)と種子島、下大野神社には種子島から竹島(鹿児島県鹿児島郡三島村))を経由して直角線が到達
図S81 権現神社には東京都東京都三宅島(伊豆諸島)と種子島、下大野神社には種子島から竹島(鹿児島県鹿児島郡三島村))を経由して直角線が到達
 東京都三宅島と種子島北部の拡大図三宅島坪田村にある二宮神社を神社群中心とする結線図
 図S82 東京都三宅島と種子島北部の拡大図


2014.7.29記

 図S82にある二宮神社(延喜式内社、東京都東京都三宅村坪田)はすでに★伊豆諸島(利島、神津島東京都三宅島、八丈島)から日出町ポイントに収斂する6本の直角線の項で神社群中心であることがわかっている神社です。ここにある図S25は6本もの直角線が日出町ポイントの一点に集中していて、古代人が遠方の方向を正確に知ることのできた決定的証拠でもあります。

 以前にも書いたように、九州王朝説を盲信する著名な数学者は、この明確な事実を数学ではわかっていながら無視しています。にもかかわらず、別の場所では、
『その昔「太陽が地球の周りを回っている」という「常識」が正しくなかつた様に、「常識」は必ずしも正しいとは限らない。学問は「常識」を「疑ってみる」ことによって発展する。』などと言っているのです。その後、伊豆諸島からは、秋葉神社(静岡県牧之原市勝俣2356)にも日出町ポイントと同様に直角線が集中することがわかりました。このような事象が偶然にして起きることは極めて稀であり、図S25が偶然ではないことがますます確かになっています。更に、以下の説明で種子島と伊豆諸島の位置関係を古代人が明確に認識していたことがわかります。先の先生を始めとして、このように科学的で明確な事実になぜまじめに向き合わない人がいるのでしょうか?このような行動こそが常識を疑うことを意図して避けている具体的な例ではありませんか?

 HSCPは縄文遺跡だけではなく、箸墓古墳、仁徳天皇陵などの前方後円墳でも成立します。この事実から、少なくともこの時代までは日本全体を鳥瞰できる優れた能力を持った人たちが存在していたことは間違いないのです。九州王朝説も、その事実と矛盾するようなことがあれば、もう一度考えなおす必要があります。もしその説が一部の時代に於いて正しかったにしても、「日本書紀には富士山の記載がないから、富士山を知らない九州王朝が作成した」などとするような、古代人が狭隘な地理観しかなかったとする常識的な考えに基づいた説は、通史としては完全に間違っていることになります図S64にもそれに関係する記載があります。この問題を正すには、HSCPの伝承が何時の時期に失われたか、またその理由を明確にしなければなりません。異議があればぜひ反論をお願いいたします。反論は大歓迎です。


----追記
 掲示板に書いたように6世紀後半に造られたとされている都塚古墳の位置もHSCPが成立し、石舞台古墳の位置も同じ思想で配置されていることがわかりました。石舞台古墳は6世紀の古墳を壊して7世紀初め頃に造られたとされています。もしこの説が正しいとすると、HSCPは6世紀までは伝承されていたことになります。もしかしたら、わざわざ古墳を壊して、そこに新たに古墳を造ったことをみると、7世紀でもその位置の意味を知っていた人たちが居た可能性もあります。

 これは、少なくとも6世紀まではHSCPは伝承されていて、この頃までは日本全体をあたかも鳥瞰できるような能力を持った人たちが実在していたことになります。その人達の本拠地がどこであったかは今のところ確かではありませんが、九州王朝説はそのような状況の中で、はたしてうまく説明できるのでしょうか?。ちなみに、九州王朝説の拠り所の一つとなっている高良大社の位置もHSCPが成立し、古富士線には干字状パターンも持ちます。この意味は、
この神社の位置を決めた人は、九州地域に限定した狭隘な地理感を持った人ではなく、日本全体を鳥瞰できた人たちが決めたことになります。これだけを取り上げても九州王朝説には無理があるのではないでしょうか?
高良大社に限らず、他の神社のほとんども、HSCPの規則で配列していて、その配列は北海道から沖縄まで、同じ規則で切れ目なくつながっています。俗に言われている、蝦夷や熊襲の居た場所をこの配列から見出すことは全くできません。この事実は、古文書や考古学的な見地ではなく、現存する神社の配列からわかることであって厳然たる事実なのです。この事実と辻褄の合わない通史はどこか大きな間違いをしていることになります。図S60を併せればそれが更に確かになります。常識的な歴史観から抜けることのできない人は、HSCPそのものが間違っているから、そのような議論は無益と考える人は多いかも知れません。それならば、ぜひその反論をお聞かせください。礼金まで用意してそれをお待ちしています。
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2014.8.16追記

 
まず東京都三宅島の二宮神社を神社中心とした結線について説明します。図S83は二宮神社を神社群中心としてHSCPの規則で線を引いたものです。その一部はすでに図S25で説明していますがここでは国土地理院の地図に掲載されている8社全部について結線したものです。

注;三宅島に神社は多いのか?にもあるように1981年の式内社調査報告 第10巻 東海道5』皇學館大学出版部では12社の神社があり、神のやしろを想うではさらに多く20社以上もの神社が三宅島あったようです。これらの神社に対しての検討もありますが、この結果については後に譲ります。

      種子島を出た線は必ず大正島と係る線になり、伊豆諸島とも深く関わる特徴がある 
番号  神社名 社格など   住所  北緯
(度・分・秒)
 東経
(度・分・秒)
 屈曲点
補正内角
(度)
 到着点  その他
 ①  二宮神社 式内社  東京都東京都三宅村坪田  340337.64  1393241.53   神社群中心
 ②  椎取神社 式内社 東京都東京都三宅村神着  340626.68  1393327.76  90.30 ⑫日出町ポイント 図S25参照
 ③  御笏(おしゃく)神社 式内社加彌命神社旧地 東京都東京都三宅村神着  340710.88  1393121.78  90.25 ⑬権現神社  
 ④  御祭神社   東京都東京都三宅村伊豆  340644.32  1393003.75  90.15 ⑭豊穀神社 図S82参照、 図S25の神沢神社は御祭神社の誤り
 ⑤  后(きさき)神社 式内社(論社) 東京都東京都三宅村伊ヶ谷  340600.56  1392922.81  89.82 ⑮星野洞  
 ⑥  火戸寄神社   東京都東京都三宅村阿古  340429.35  1392853.73  89.70 ⑨元名不詳神社  
 ⑦  若宮神社   東京都東京都三宅村阿古  340338.26  1392903.14  89.84 ⑩小動神社  
 ⑧  富賀(とが)神社 式内社 東京都東京都三宅村阿古字富賀山  340320.10  1392905.29  90.00 ⑪豊八幡神社  
 ⑨  元名不詳神社   千葉県安房郡鋸南町元名  350901.07  1395041.81  -   神社群中心
 ⑩  小動(こゆるぎ)神社   神奈川県鎌倉市腰越2ー9ー12  351822.93  1392935.15  -   神社群中心
 ⑪  八坂神社
  神奈川県平塚市豊田宮下550  352130.93  1391948.79  -   神社群中心
 ⑫  日出町ポイント 仮想神社群中心 愛知県田原市日出町浜  343459.15  1370236.96  -   神社群中心、日出町ポイント参照
 ⑬  権現神社   宮崎県宮崎市高岡町浦之名599付近   315743.03  1311314.60  -   神社群中心、図S82参照、図49参照
 ⑭  豊穀神社 地福之島三十三聖地旧跡 鹿児島県大島郡徳之島町手々  275305.30  1285607.14  -   神社群中心 図49参照
 ⑮  星野洞   沖縄県島尻郡南大東村北(南大東島)  255127.292 1311328.09  -   神社群中心 大東諸島の不思議 参照
      図S83 三宅島坪田村にある二宮神社を神社群中心とする結線図 (国土地理院の地図にある三宅島すべての神社)

 常識的な歴史観から抜けられない人は「まさか?」と思うに違いありません。しかし、伊豆諸島の神社について古代の様子を詳しく知っている人は誰もいません。例えば、流人の島になぜ延喜式内社がたくさんあるのでしょうか?。このように一見やさしそうな質問にも今の所答えを出せる人は一人もいないのです。神社についてはほとんどまだ何もわかっていないので、何が起きるかは想像もつきません。そんな状況でまさか?と考えることがおかしいのです。これまでHSCPを深く研究するようになったのも、これらの疑問に対し満足な答えがどこにもなかったこともその理由の一つです。

 ここでは、三宅島から「
遠方まで伸びる線の到着先には必ず神社群中心がある
とした経験則から、思いつきで引いたようなレイラインの信頼性の低い線ではなく、確率から見ても桁違いに信頼性の高い線が遠方まで引けるのです。「まさか?」と思う線もこれから次第に納得できる線になって行くはずです。すでにお気づきの人がいると思いますが、「種子島から直角で出た線のほぼすべての線は必ず大正島に伸びる直角線の出発点となる神社群中心に到着する」とした奇妙な法則があることを発見しました、図S84もその例の一つです。

①大崎塩屋神社を出発した直角線は島内の屈曲点を経由、正確な直角で⑧~⑬の神社群中心に到着する 
 図S84 種子島を出た線は必ず大正島と係る線になり、伊豆諸島とも深く関わる特徴がある


番号  神社名 社格など   住所  北緯
(度・分・秒)
 東経
(度・分・秒)
 屈曲点
補正内角
(度)
 その他
 ① 諏訪神社   鹿児島県西之表市安城1262  303853.43  1310251.52  -  神社群中心
 ② 鬼丸神社   児島県肝属郡南大隅町根占川北6174  311314.77  1304735.19  89.94  神社群中心
 ③ 二宮神社 式内社  東京都東京都三宅村坪田  340337.64  1393241.53 -  神社群中心
 ④ 立神岳(478m) 山頂に小祠 鹿児島県鹿児島市下福元町  312931.08  1302648.24  90.06  神社群中心
 ⑤ 大正島   沖縄県石垣市(尖閣諸島)  314145.21  1295357.97  -  神社群中心

2014.8.11記


  図S84に示すように、三宅島の神社群中心である二宮神社には種子島の神社群中心である①諏訪神社神社を出た線が②鬼丸神社を経由して89.94゜の高い直角精度の線で到着しています。同じように、八丈島から到着する線もありますが、この線については後にまとめて説明する予定です。神社群中心である諏訪神社を出た線は種子島内にある神社を経由して正確な直角線となって本土に到着します。種子島の島内には他にも神社群中心があり、その中心をスタートして本土に達する線がたくさんあります。
不思議なことに、その線がすべて大正島(尖閣諸島)に関係する線になります

 一方、三宅島の二宮神社を出発した線は、七つの神社の位置で正確な直角に近い線でそれぞれ図7S83で示した点に到着します。この高い直角精度でも、例えば到着点の豊穀八幡神社や小動神社のある付近では神社の分布密度が高く、到着点がどの神社であるか迷う状態になります。しかし、「遠方から到着した線は必ず神社群中心に到達する」とした規則から、その到着点を正確に知ることができます。くどいようですが、これが従来の単なる思い付きの点に線を引くレイラインの手法とは大きく異ることです。

 あらかじめ、到着点付近のHSCPによる結線が完了していると、その到着点は容易に求めることができます。しかし、HSCPの結線作業は大変手間がかかり、一見簡単そうに見える図S38のような線も、引き終わることは、そんなに簡単ではありません。

 ところが、三宅島の后神社から絶海の孤島である南大東島の星野洞に到着する線はとても簡単です。周りはすべて海で、陸に相当する場所は南大東島しかないので、どこに到着するか迷うことはありません、しかも大東諸島の不思議 すでに書いてあるように、星野洞が神社群中心であることがわかっているのでなおさらです。大東諸島の不思議 の項では、図10が偶然の結果に過ぎないと考えていた人も多いと考えていますが、星野洞にぴったりと到着する線があることに驚いたに違いありません。また、徳之島の豊穀神社に到着する線は、天皇陵直線配置に関係する線の到着点でもあり、この一致に驚いた人も多いと考えています。このような驚きはこれから更に続きます。そして古代人の優れた能力に益々感動するに違いありません。

★種子島から本土に到着した線のほんどは大正島(尖閣諸島)につながる


  図S84は種子島の大崎塩屋神社を出発した線の行き先を示したものです。この線は直角で九州の本土にある神社群中心に到達し、その神社群中心から再び正確な直角の屈曲点を経由して尖閣諸島の大正島に到着します。

 大崎塩屋神社を出発した直角線は島内の屈曲点を経由、正確な直角で⑧~⑬の神社群中心に到着する
 図S85 ①大崎塩屋神社を出発した直角線は島内の屈曲点を経由、正確な直角で⑧~⑬の神社群中心に到着する
  ⑧~⑬の神社群中心に到着しさらに⑭~⑲の神社群中心に伸びた線が正確な直角で大正島に到着する
 図S86 ⑧~⑬の神社群中心に到着しさらに⑭~⑲の神社群中心に伸びた線が正確な直角で大正島に到着する
 下記赤文字で示すように驚嘆する直角精度である、特に大正島に向かう線の多くは誤差の傾向も一致している
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
①大崎塩屋神社 ②伊関神社 ⑧権現神社 89.76 ⑧権現神社 ⑭下大野神社 ⑳大正島 90.20
①大崎塩屋神社 ③浜脇神社 ⑨飯干神社 89.72 ⑨飯干神社 ⑮阿蘇神社 ⑳大正島 90.29
①大崎塩屋神社 ④湊神社 ⑩立神神社 90.04 ⑩立神神社 ⑯九玉神社 ⑳大正島 89.84
①大崎塩屋神社 ⑤奥神社 ⑪日枝神社 90.25 ⑪日枝神社 ⑰鹿島神社 ⑳大正島 90.23
①大崎塩屋神社 ⑥中目神社 ⑫大山祇神社 90.02 ⑫大山祇神社 ⑱八幡神社 ⑳大正島 90.20
①大崎塩屋神社 ⑦浦田神社 ⑬外之浦不詳神社 90.26 ⑬外之浦不詳神社 ⑲仁田尾不詳神社 ⑳大正島 90.20
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
大崎塩屋神社 鹿児島県西之表市(大崎) 304636.35 1310029.12 神社群中心、別名塩釡神社
伊関神社 鹿児島県西之表市伊関1085 304615.60 1310358.05
浜脇神社 鹿児島県西之表市伊関403 304616.75 1310422.76
湊神社 鹿児島県西之表市国上湊 304851.57 1310352.93
奥神社 鹿児島県西之表市国上1053 304857.21 1310307.85
中目神社 鹿児島県西之表市西之上中目 304831.68 1310233.25
浦田神社 鹿児島県西之表市国上345 304924.22 1310242.60
⑧権現神社 宮崎県宮崎市高岡町浦之名599付近 315743.03 1311314.60 神社群中心
⑨飯干神社 宮崎県東臼杵郡諸塚村 七ツ山8743 323639.94 1311619.60 神社群中心
立神神社 鹿児島県肝属郡南大隅町根占辺田1927 310929.74 1304527.43 神社群中心
⑪日枝神社 鹿児島県南さつま市加世田村原3-15-2 312533.76 1301929.69 神社群中心
⑫大山祇神社 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多伊座敷2873 310506.84 1304148.09 神社群中心
⑬外之浦不詳神社 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠外之浦 310146.71 1304156.37 神社群中心
下大野神社 熊本県八代市二見下大野町2411 322429.29 1303329.26 神社群中心
⑮阿蘇神社 熊本県玉名郡和水町江粟2302 330103.30 1303620.78 神社群中心
九玉神社 南九州市川辺町神殿5599 312548.37 1302501.17 神社群中心
⑰鹿島神社 鹿児島県薩摩川内市鹿島町藺牟田1638 314630.15 1294741.47 神社群中心
八幡神社 鹿児島県南さつま市加世田小湊8090 312453.34 1301527.19 神社群中心、別名寄木八幡神社
⑲仁田尾不詳神社 鹿児島県南九州市知覧町南別府仁田尾 311607.40 1302416.70 神社群中心
大正島 沖縄県石垣市(尖閣諸島) 255521.26 1243336.11 神社群中心

この頁は書きかけです、後は続きになります。


2014.8.20記

 
次は種子島にある二番目の神社群中心、日典神社からのHSCPによる結線を図87、図89に示します。

  神社群中心・①日典神社のHSCP結線図種子島付近
 図S87 神社群中心・①日典神社のHSCP結線図種子島付近
 
 ⑨~⑮の神社群中心に到着しさらに⑯~㉒の神社群中心に伸びた線が正確な直角で大正島に到着する
 図S88 ⑨~⑮の神社群中心に到着しさらに⑯~㉒の神社群中心に伸びた線が正確な直角で大正島に到着する
 下記赤文字で示すように驚嘆する直角精度である、特に大正島に向かう線の多くは誤差の傾向も一致している
⑥菅原神社を屈曲点とする内角は90.7゜で誤差が少し大きいが菅原神社の東南端の位置で計算すると90.15゜となる
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
①日典神社 ②正八幡神社 ⑨走湯神社 90.05 ⑨走湯神社 ⑯女島不詳神社 ㉓大正島 90.26
①日典神社 ③天女神社 ⑩国見権現 90.38 ⑩国見権現 ⑰塚田池尾神社 ㉓大正島 90.00
①日典神社 ④天女ヶ倉 ⑪宿利原不詳神社 90.28 ⑪宿利原不詳神社 ⑱青剣神社 ㉓大正島 90.01
①日典神社 ⑤大山神社 ⑫金峯神社 90.20 ⑫金峯神社 ⑲薄原神社 ㉓大正島 90.02
①日典神社 ⑥菅原神社 ⑬外之浦不詳神社 90.71 ⑬外之浦不詳神社 ⑳仁田尾不詳神社 ㉓大正島 90.20
①日典神社 ⑦今嶽神社 ⑭浮津不詳神社 90.08 ⑭浮津不詳神社 ㉑稲荷神社 ㉓大正島 89.92
①日典神社 ⑧御崎神社 ⑮十津柱神社 89.31 ⑮十津柱神社 ㉒射楯兵主神社 ㉓大正島 90.15
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
日典神社 鹿児島県西之表市西之表15189 304321.92 1305921.26 神社群中心、日典上人御廟所
正八幡神社 鹿児島県西之表市現和2384-2付近 304305.27  1310228.32  電子国土では欠
③天女神社 鹿児島県西之表市安納406付近 304337.24 1310339.68
天女ヶ倉 鹿児島県西之表市 304436.06 1310312.82
大山神社 鹿児島県西之表市安納3759付近(沖ヶ浜田) 304528.25 1310415.67
菅原神社 鹿児島県西之表市西之表9947 304341.19 1305946.90
今嶽神社 鹿児島県肝属郡南大隅町根占辺田4383 310710.55 1304406.79
御崎神社 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠(佐多岬) 302040.76 1305300.84
⑨走湯神社 宮崎県都城市山之口町山之口386-1 314806.90 1311023.91 神社群中心
国見権現 鹿児島県肝属郡肝付町(国見山886.5m山頂) 311844.53 1310108.53 神社群中心、二等三角点
⑪宿利原不詳神社 鹿児島県肝属郡錦江町神川7287付近 311559.28 1304953.05 神社群中心、壱岐の鬼の岩屋を経由し90.07゜で大吼谷蝙蝠洞(山口県)へ
金峯神社 鹿児島県出水市高尾野町大久保3380 320323.70 1301910.84 神社群中心
⑬外之浦不詳神社 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠外之浦 310146.71 1304156.37 神社群中心
⑭浮津不詳神社 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多伊座敷浮津 310633.21 1304248.16 神社群中心
十津柱神社 鹿児島県肝属郡南大隅町佐多馬籠967 310131.31 1304124.70 神社群中心
⑯女島不詳神社 熊本県葦北郡芦北町女島1054 321622.91 1302848.65 神社群中心、既に神社は消滅-
塚田池尾神社 鹿児島市岡之原町1012・1013・1014 314032.89 1303257.30 神社群中心
⑱青剣神社 鹿児島県日置市東市来町宮田 313748.02 1302058.89 神社群中心
⑲薄原神社 熊本県天草市天草町大江向向辺田 321558.34 1295905.21 神社群中心
⑳仁田尾不詳神社 鹿児島県南九州市知覧町南別府仁田尾 311607.40 1302416.70 神社群中心
稲荷神社 南九州市知覧町瀬世5092 312036.52 1302527.29 神社群中心
射楯兵主神社 南九州市頴娃町別府6827 311458.83 1302457.79 神社群中心、別名釜蓋神社


図の説明は後になります。

2014.8.15記

 これまで種子島の神社群中心から出た直角線が三宅島と九州本土に到着する線の実例を示しました。次は、種子島から伊豆諸島だけではない他の遠方の地域につながっていること示します。図S89、図S90は種子島の神社群中心・日典神社を出発し、同じ島内の屈曲点である風本神社経由した直角線が③若宮神社(愛媛県)に到着する例を示します。
③若宮神社まではほとんどが海域で、神社群中心の若宮神社に到着することは迷うことなくわかり、正確な直角線を引けば必ずこの神社に到着します。③若宮神社からは対馬の④吹崎神社を経由して90.36゜で大正島に到着します。ここでも、未だにまさか?と考える人も居る可能性がありますが、今後さらにその考えを変えるような確かな科学的事象が続きます。

 ①日典神社-②風本神社-③若宮神社の種子島付近  到着点③若宮神社から対馬の④吹崎神社を通り⑤大正島に到着
 図S89 ①日典神社-②風本神社-③若宮神社の種子島付近  図S90 到着点③若宮神社から対馬の④吹崎神社を通り⑤大正島に到着
 
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
①日典神社 ②風本神社 ③若宮神社 89.21
③若宮神社 ④吹崎神社 ⑤大正島 90.36
  2014.9.22 補正内角の訂正 90.01゜--->89.21゜      
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
 その他
日典神社 鹿児島県西之表市西之表15189 304321.92 1305921.26  神社群中心
風本神社 鹿児島県西之表市現和5962 304123.22 1310342.56  
若宮神社 愛媛県南宇和郡愛南町家串1266 330243.82 1322810.44  神社群中心
④吹崎神社 長崎県対馬市美津島町吹崎 341755.33 1291509.33  神社群中心
大正島 沖縄県石垣市(尖閣諸島) 255521.26 1243336.11  神社群中心


2014.8.28記

  さて、ここで少し図の説明をします。都合により説明の順番が前後しますが、図S89は種子島の②風本神社から300kmも離れた③若宮神社へ実に正確な角度で到達していることに驚いたに違いありません。これはありのままでどこも疑いのない事実です。さらに、③若宮神社の位置が周辺の神社と引いた直角線の収斂点になっていることを示せばさらに驚くに違いありません。しかし、こちらは少し後回しにして、その前に対馬の吹崎神社から説明します。

  吹崎神社の名前は恐らくほとんどの人が聞いたこともない神社名に違いありません。いつまでも脳天気のままで、未だに考えを全く変えることのできない古代史の会の古参連中のように、「日本の神社は数が多いから虱潰しのようにたくさんの神社を調べれば③若宮神社を出た線が大正島と正確に直角になる点はいくつもあるのが当たり前だ、単なる恣意的な的な作図の結果に過ぎない。その証拠として「吹崎神社」のような誰も話題にしたことのない神社を引き合いに出して苦しい説明をしている・・・・」。などと考えた人がまだ居る可能性もあります。

(注;図S88や図S90にある大正島に通ずる屈曲点を表記のような精度で定規を使って試行錯誤で求めることは人力では不可能でしょう、これは試してみればすぐにわかることです。しかし、その屈曲点が神社群中心の位置にあるとする規則から、屈曲点のある地域のHSCPによる線引きがあらかじめ完了していれば、その点は目分量でも容易に選択することができます。しかも、この結果から得られた大正島に伸びる線の内角は極めて正確でその傾向も一致しています。仮に、先に書いた古代史の会の古参連中の主張する説が通るとしても、絶対にそのような結果にはなりません。この事実は、その屈曲点を含む地域にある神社が全国共通のHSCPの規則で配置されている決定的な証拠でもあります。つまり、九州の神社の配置は特別ではなく、本州と全く同じ規則で配置されているのです。九州地域だけを特別視する九州王朝説は通史で見れば、ここで完全に否定されることになるのです。反論は大歓迎です。)

  確かに対馬の「吹崎神社」は注目されたことのない神社です。今日現在、Googleの検索でもヒットしたのはこのページしか ありません。③若宮神社から到達した神社が対馬の一宮である海神神社や、せめて延喜式内社のリストにある神社だとしたら、この到達した線に意味があるように感じてもらえるかも知れませんが、このように知られていない神社ではまさか?と疑われても仕方のないことかも知れません。

注;「吹崎神社」の名前は昭文社のスーパーマップル・デジタル12 に掲載されています。同じものは現在見つかりませんがスーパーマップル・デジタル 15全国版があります。(ここに吹崎神社が記載されているかどうかは確認していません)

 「吹崎神社」はこれまで、誰も注目したことのない神社であることは確かです。ところが、この神社の位置はこれから説明するように、とても大切な位置にあることがわかったのです。このように従来全く考えられていない結果が出るのはHSCPの特徴です。

 不確かな根拠から推論するこれまでの説は、どうしても現在良く知られている名前や実態を重視します。また、すでに信頼性がないとされているレイラインの手法からは、無名に近い神社が登場することは決してありません。しかし、現在の人気が果たして古代とどれだけ関連があるかは誰もわかっていないのに、こんなやり方では真実の古代史ではなく、現代の人気に左右された偏った古代史になってしまい、それが確かかどうかもわからなくなってしまうのは当然です。近年でも、 神社に対する考え方は明治政府によって著しく歪曲されてしまったのは明らかです。現在の人気だけでは真の歴史を解明することはできないのです。さらに時代を遡っても、延喜式内社のリストから古代の歴史を解明する糸口が得られるかどうかは、ますます疑問であることがわかってきています。それは、これまで書いてきた、最上位経王大菩薩(島根、十六島町)や本宮神社(対馬、鰐浦)などでも明らかにされています。
不思議なことに、全国一宮のリストだけは別格で古代の秘密を解く重要な鍵になっていますが、これもHSCPを使ってはじめてわかった事実です。一宮の配列と大正島、竹島の位置が極めて高い幾何学的相関があるとした事実もこれまで説明した手法と異なる方法でも説明することができます。それも、今後このページで明らかにする予定です。
 
 2014.9.5記

 図S90で示した④吹崎神社はすでに先に説明したように神社群中心になっています。この中心から出発した線が屈曲点を通り、そこから正確な直角で方々の方向に到達する様子を一挙に示したいところですが、なぜかその図を見ると、逆にHSCPそのものを疑う人が増えてしまう事が多いのです。そこで少し回りくどくなりますが、その線の特徴ごとに説明をして行くことにします。

 ①吹崎神社-②敷島神社-③嶽宮神社(円形の図は屈曲点付近の拡大図)   ①吹崎神社-②白嶽神社-③大吼谷蝙蝠洞(円形の図は屈曲点付近の拡大図
図S91 ①吹崎神社-②敷島神社-③嶽宮神社(円形の図は屈曲点付近の拡大図)  図S92 ①吹崎神社-②白嶽神社-③大吼谷蝙蝠洞(円形の図は屈曲点付近の拡大図)
 
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
①吹崎神社 ②敷島神社 ③嶽宮神社 89.81
 
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
①吹崎神社 ②白嶽神社 ③大吼谷蝙蝠洞 89.86
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他 
①吹崎神社 長崎県対馬市美津島町吹崎 341755.33 1291509.33  神社群中心
②敷島神社 長崎県対馬市美津島町加志386 341659.30 1291426.81  
③嶽宮神社 福岡県福岡市西区小呂島116 335156.10 1300211.35  神社群中心
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
①吹崎神社 長崎県対馬市美津島町吹崎 341755.33 1291509.33 神社群中心
②白嶽神社 長崎県対馬市美津島町 341550.63 1291500.81 白嶽神社頂上付近
大吼谷蝙蝠洞 山口県下関市豊浦町大字小串 341051.63 1305536.37 神社群中心

 図S91は神社群中心である①吹崎神社を出た線が屈曲点②敷島神社を通って89.81゜の角度で小呂島にある③嶽宮神社に到着する様子を示しています。③嶽宮神社も神社群中心で同じ島内にある七社神社(福岡県福岡市西区小呂島10、国土地理院の地図には記載されていない)を経由して壱岐最大の円墳で横穴式石室を持つ鬼の岩屋古墳(神社群中心、壱岐には他に片原触の市杵島神社、若宮島の若宮大神宮に神社群中心があります)に到着する興味ある線があります。(図S91の表で示した③嶽宮神社の位置はなぜか電子国土では実位置よりも25mほど南西にずれています。この結果、③嶽宮神社に到達する線の補正内角は約0.01度ずれていますがそのままにしてあります。しかし、七社神社のように近傍にある神社と線引きするようなときはこのずれは無視できません。それを訂正すると七社神社を経由した線は89.97゜で鬼の岩屋古墳に到着します。対馬市豊玉町にある神社群中心・塚原不詳神社(342609.62、1291740.25)から対馬市峰町吉田1129の不詳神社を経由した線も89.89゜で 鬼の岩屋古墳に到着します。)。鬼の岩屋古墳はまだ謎の多い古墳です。リンク先には6~7世紀築造の古墳と書かれていますがこの時期が大幅に遡る可能性も持っています。

 図S92は神社群中心である①吹崎神社を出た線が屈曲点②白嶽神社を通って山口県の海蝕洞③大吼谷蝙蝠洞に89.86゜の角度で到着する様子を示したものです。③大吼谷蝙蝠洞も神社群中心で周辺の神社から来る直角線の収斂点になっています。くどいようですがこの図S91と図S92にある海上を渡る二つの線は、途中のほとんどが海域になっているので先に述べた、
古代史の会の古参連中の主張する「日本は神社が多いので、直角線を延長すれば必ず何らかの神社に行き当たるのは当たり前だ」とする説に無理があることがわかるでしょう。意味のないでたらめの場所に行き着くのではなく、遠方に伸びる場合は、必ず神社群中心の特性を持ち周辺の神社から引いた直角線の収斂点になっている、はっきりと意味のある神社や洞窟などに正確な角度で到着しているのです。

注;先に述べた壱岐の神社群中心である鬼の岩屋古墳を出発した線は同じ壱岐の属島、若宮島にある神社群中心・若宮大神宮を経由して89.56゜で大吼谷蝙蝠洞に到着します
(図S88の表)⑪宿利原不詳神社も参照してください

吹崎神社の作る特異な直角線    ①吹崎神社-②白嶽神社-③小滝大明神 89.38゜
     
図S93
         
①吹崎神社-②塩竃神社-③乙宮神社    89.24゜
①吹崎神社-④住吉神社-③乙姫神社    90.09゜
①吹崎神社-⑤和多都美神社-③乙姫神社 89.30゜
 図S94 ①吹崎神社-②白嶽神社-③小滝大明神 89.38゜
(円内の図は屈曲点付近の拡大図)
   
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
 その他
①吹崎神社 長崎県対馬市美津島町吹崎 341755.33 1291509.33  神社群中心
塩竃神社 長崎県対馬市美津島町箕形184 341725.67 1291530.94 神社群中心
③乙宮神社 長崎県対馬市美津島町芦浦293 342053.49 1292213.52 神社群中心 
④住吉神社 長崎県対馬市美津島町鶏知字甲1281 341607.84 1291854.74 神社群中心 
和多都美神社 長崎県対馬市豊玉町仁位55 342243.85 1291843.43 神社群中心、式内社 
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
①吹崎神社 長崎県対馬市美津島町吹崎 341755.33 1291509.33  神社群中心
②白嶽神社 対馬市美津島町洲藻347-2 341610.14 1291643.11  神社群中心
③小滝大明神 青森県下北郡大間町奥戸 412903.92 1405414.32  神社群中心
上対馬町鰐浦にある別の神社群中心、本宮神社を出発し妙釣神社(上対馬町網代)を経由した線も89.53゜で小滝大明神に到着する。    

 図S93は神社群中心である①吹崎神社を出た線が同じ島内にある異なる三つの屈曲点②八竃神社(89.24゜)、④住吉神社(90.09゜)、⑤和多都美神社(89.30゜)を通って共通の③乙宮神社に到着する様子を示したものです。このように異なる屈曲点を通る直角線が同一の点で交わることは、確率から見ると非常に稀な事象で、神社がHSCPの規則で配置されていることを示す好例でもあります。 先にも述べているように、このように複数の直角線が同一点で交わる場合はその点が必ず神社群中心となる規則があります。③の乙宮神社の位置もその例に漏れず神社群中心になっています。後に説明する予定ですが、この神社群中心である③乙宮神社を出発した線は驚く場所に到着します

 図S94は神社群中心である①吹崎神社を出た線が屈曲点②の白嶽神社を経由して89.38゜の角度で青森にある③小滝大明神に到着しています。ここでもまさか?と考える人も多いと危惧していますが、このような遠方に行く線も途中のほとんどが海域なので、到着点が必ず神社群中心であるとする規則から、到着点付近のHSCPによる結線が完了していれば、迷うことなくその点を見つけることができます。従来のレイラインの手法にはこのような規則はなく、単なる思いつきの点に線を引いてしまうので、作図した人の作為的な考えに左右されてしまって、確かかどうかわからない線になってしまうのです。もちろん、この到着点③小滝大明神は神社群中心であり、周辺の神社から引いた直角線の収斂点になっています。この線の中には後に説明するように、
青森と北海道がHSCPでつながっていることを示す重要な線も含んでいます。

2014.9.9記

 さて、ここで話が前後しますが、図S90の若宮神社について書きます。未だに、①日典神社を出発し、②風本神社を経由して89.21度で③若宮神社に到着する線は偶然にしか過ぎないと考えている人がいるかも知れません。このような人たちは、若宮神社から出た線が、遠く離れた対馬の④吹崎神社に到達し、さらにそこから④大正島に正確な直角線が伸びるように古代人が神社を配置していたなどとは、到底考えられず、単なる偶然が重なったに過ぎないと考えたくなるでしょう。しかし、③若宮神社の位置そのものも神社群中心であり、この中心からも⑤大正島に伸びる線があることを知ったらどのように考えるでしょうか?
 図S95は、図S90に③若宮神社を出た線が⑤弘見神社を経由して89.99゜度と、あたかも神様が決めたのではないかと思えるような高い直角精度で⑤大正島に伸びる線があることを示したものです。

 ここで重要なことは、⑥弘見神社の位置がレイラインの手法で用いるような単なる点ではないことです。すなわち、この点は周囲の神社から引いた直角線が収斂する神社群中心であるとした特異な点なのです。このような事象が偶然にして起きることが滅多にないことは、確率を知らなくても理解できるでしょう。

 図S90の表現方法を言い換えて説明すると、図S90は③若宮神社から⑤大正島に引いた線(ここでは省略)に対するピギーバック配列として、④吹崎神社、⑥弘見神社の二つがあると考えることもできます。④吹崎神社は対馬の数多くある神社群中心としては最大数の行き先を持つ神社群中心であり、すでにその行き先については説明をはじめたところで、その説明の途中にあります。⑥弘見神社も神社群中心として、高知県の多くの神社の位置に関係しています。その中にはこれから説明する図S8(補正内角の表示に変更しました)の御蔵洞に関係する重要な線もあります。

 弘見神社を経由する線も89.99゜で大正島に伸びる
 図S95 弘見神社を経由する線も89.99゜で大正島に伸びる(図S90を参照)
 ③若宮神社-⑤弘見神社-④大正島  89.99゜
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
①弘見神社 高知県幡多郡大月町弘見4067 325032.78 1324235.55 神社群中心

2014.10.22記

 このページを良く読んでくださっている方は、④吹崎神社、⑥弘見神社が③若宮神社-⑤大正島間に引いた線のピギーバック配列の頂点であるとすると、③若宮神社から直角に引いた線でもピギーバック配列が存在するはずだと気がついていると思います。これを確認する目的で、③若宮神社-⑤大正島の線に対して③若宮神社から直角に線を伸ばします。すると、八城神社(山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑)に行き当たります。

 それでは、若宮神社-八城神社間に引いた線に予測ひ通りピギーバック配列に相当する神社があるでしょうか?、するとやはりありました。冨長山(とみたけやま)八幡宮(島根県鹿足郡津和野町中曽野347付近)と美奈宣神社(福岡県朝倉市、式内社)がその条件を満足しました。それを図示したものが図S96です。

 大正島につながる二本の線が図96③-⑤-⑦の直角青色線のピギーバック配列
図S96
 図S95で大正島につながる二本の線が図96③-⑤-⑦の直角青色線のピギーバック配列の一部であったことを桃色線で示す
(青色線③-⑦では⑧、⑨を頂点とする二つの三角形、③-⑤に対しては③、④を頂点とする二つの三角形がピギーバック配列)
出発点 経由点 到達点 補正内角
配列の特徴
⑦八城神社 ③若宮神社 ⑤大正島 90.16 母線
③若宮神社 ④吹崎神社 ⑤大正島 90.36 ③-⑤のピギーバック配列
③若宮神社 ⑥弘見神社 ⑤大正島 89.99 ③-⑤のピギーバック配列
③若宮神社 ⑧冨長八幡神社 ⑦八城神社 89.85 ③-⑧のピギーバック配列
③若宮神社 ⑨美奈宣神社 ⑦八城神社 90.40 ③-⑧のピギーバック配列
 
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
③若宮神社 鹿児島県西之表市安納406付近 330243.82 1322810.44 神社群中心
④吹崎神社 長崎県対馬市美津島町吹崎 341755.33 1291509.33 神社群中心
⑤大正島 鹿児島県西之表市安納3759付近 255521.26 1243336.11 神社群中心
⑥弘見神社 高知県幡多郡大月町弘見4067 325032.78 1324235.55 神社群中心
⑦八城(はちじょう)神社 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341425.98 1305737.64 神社群中心
⑧冨長山(とみたけやま)八満宮 島根県鹿足郡津和野町中曽野347付近 343057.48 1314230.95 神社群中心
⑨美奈宣(みなぎ)神社 福岡県朝倉市荷原2421 343057.48 1314230.95 神社群中心、式内社

注;⑦荒平神社の名前は確かではありません、別名の可能性もあります。としてありましたが八城(はちじょう)神社であることがわかりました。
おちゃっぴぃ掲示板@下関市豊北町の管理人様から教えていただきました。2014.11.6訂正



2014.10.26記

 図S96に示す図から、④吹崎神社と⑥弘見神社を経由して⑤大正島に到着する線は、⑦八城神社-③若宮神社-⑤大正島となる母線(最も元となる直角線)のピギーバックピギーバックを示すことがわかりました。この図にある①から⑨までの端点はすべて神社群中心の条件を満足する特異点であり、このような事象が偶然にして起きることがないことは確率を出すまでもなく理解できるでしょう。

 しかし、母線の元となる神社群中心⑦八城神社は④吹崎神社と同じようにほとんど知られていない神社で、なぜこのような神社が母線の出発点になっているか不思議であり、やはり偶然が重なったに過ぎないと考えたくなる人もいる可能性があります。そこで、まず現在神社の原点ではないかと考えられている長者ヶ平遺跡(新潟県佐渡市、図S8参照)との関係を見てみました。すると、驚くことに甲斐金山遺跡黒川金山(山梨県甲州市)を経由する線が89.58度で長者ヶ平遺跡に到達することがわかり、その図を図97に示しました。甲斐金山遺跡黒川金山の位置も神社群中心の特異点で、偶然にそのような事象が起きる可能性は少いはずですが。これははたして偶然でしょうか?

八城神社-甲斐金山遺跡黒川金山-長者ヶ平遺跡の特異な関係  
 図S97 八城神社-甲斐金山遺跡黒川金山-長者ヶ平遺跡の関係
①八城神社-②甲斐金山遺跡黒川金山-③  89.58゜
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
①八城神社- 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341425.98 1305737.64 神社群中心
②甲斐金山遺跡黒川金山 山梨県甲州市 354724.44 1385048.78 神社群中心
③長者ヶ平遺跡 佐渡市小木金田新田123-2 374915.79 1381403.89 神社群中心


 図97から推測すると、①八城神社の位置ははさらに別の特徴も持っているのではないかと考え、HSCPで検討して見ました。その結果を図98の青色の線で示します。桃色線はそのピギーバック線を示しています。図S8に登場するする重要な神社につながっていることがわかります。図S8にある御蔵堂との関係はさらに驚く結果になります。

八城神社はHSCPで竹島、本宮神社、最上位経王大菩薩につながる
 図S98 八城神社はHSCPで竹島、本宮神社最上位経王大菩薩につながる
 
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
配列の特徴
①八城神社 ②御所野河内神社 ⑬竹島 89.68 直角親線
①八城神社 ⑤横畦不詳神社 ⑥最上位経王大菩薩 89.78 直角親線
①八城神社 ③宇生社 宮神社 89.58 直角親線
①八城神社 ⑧子持御前神社 ②御所野河内神社 89.75 ①-②のピギーバック配列
②御所野河内神社 ⑦白鳥社 ⑬竹島 89.93 ②-⑬のピギーバック配列
①八城神社 ⑪庄畑八幡神社 ⑤横畦不詳神社 89.90 ①-⑤のピギーバック配列
⑤横畦不詳神社 ⑫売豆紀神社 最上位経王大菩薩 89.77 ⑤-⑥のピギーバック配列
①八城神社 ⑨袖掛神社 ③宇生社 89.90 ①-③のピギーバック配列
③宇生社 ⑩原島神社 ④本宮神社 90.08 ③-④のピギーバック配列
神社名 住所 北緯
度・分・秒
東経
度・分・秒
その他
①八城神社 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341755.33 1291509.33 神社群中心
②御所野河内神社 山口県山口市徳地深谷584付近 341234.94 1314120.99 神社群中心
③宇生社 福岡県宗像市牟田尻1589-1 335032.71 1303007.21 神社群中心
本宮神社 長崎県対馬市上対馬町鰐浦531 344124.41 1292627.30 神社群中心、天皇陵直線配置の終点
⑤横畦不詳神社 広島県庄原市春田町2196 344740.04 1330118.06 神社群中心
最上位経王大菩薩 島根県出雲市十六島町252 352801.37 1324519.85 神社群中心、出雲地域神社の原点
白鳥社 広島県広島市安芸区矢野東6 342053.45 1323225.75 神社群中心
⑧子持御前神社 山口県山陽小野田市小野田841 335701.33 1311008.79 神社群中心
⑨袖掛神社 山口県下関市菊川町大字上保木633 340734.20 1310247.29 神社群中心、地理院地図では欠
⑩原島神社 長崎県壱岐市郷ノ浦町原島3 334315.88 1293848.66 神社群中心
⑪庄畑八幡神社 愛媛県今治市波方町樋口 340555.30 1325646.30 神社群中心
⑫売豆紀神社(めつき) 島根県松江市雑賀町1663 352718.62 1330349.82 神社群中心
⑬竹島  島根県隠岐の島町 371426.87  1315210.52  神社群中心、東島97mピーク
注;⑥最上位経王大菩薩は妙本寺に行き、その玄関先から鉄製の階段を登った場所にある
竹島の神社群中心となる正確な位置は精度の問題で、島内のどの位置になっているかはわからない。



2014.10.29記


 図S8から予想されるように、もしかしたら八城神社と御蔵洞との間にも何か関係があるのではないかと検討した結果が図99です。驚くことに、八城神社-御蔵洞との間には191本もの直角線(直角からの誤差を±1度以内に限定)を引くことができたのです。直角精度を0.1度に絞っても41本もの直角線を引くことができます。確率から見てもこの神社の配置は計画的に行っていなければ決してできない特異な事象です。この線は、図101の①八城神社-②御蔵洞-③籠神社間に引いた直角線の①-②間に対するピギーバック配列に相当することになります。図99は①-②間のピギーバック配列のうち下側だけを示したものですが、当然その上側にもピギーバック配列が成立しますが、その多くは省略し、二つの一宮がその一部に相当していることを示しています。一宮は全国に130社ほどしかない希少な神社にもかかわらず、ここに二つもあることはとても不思議なことで、この事象も偶然では考えられないことです。

 図99の中でも(36)連台寺(銅鉱床に関係)、(66)月隈神社、(80)日隈神社、(155)仰慕ヶ窟、(156)天岩戸神社、(157)天岩戸など興味あるポイントが入っていることも不思議なことです。

 三隈(みくま)は古期の溶岩台地を三隈川が削ってできた残丘で、それぞれの丘に、星隈神社、(66)月隈神社、(80)日隈神社があります。古代の天体観測に関係していたとの説もあり、直角三角形を描く三つの隈としたページや日田の古代史について、などのペーシもあります。残念ながら、HSCPで見た場合、それらの説に賛同するには少し無理がありますが、まだわかっていない何かの秘密が隠されているのかも知れません。

 (155)仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)は八城神社の位置を決める鍵となったと考えられるる場所です。現在観光地として人気のある(156)天岩戸神社、(157)天岩戸もその近くにありますが、
元々は(155)仰慕ヶ窟があって、古代から崇敬されていたものが、日本書紀の天岩戸の記載から(157)天岩戸の方がそれに相当しているようになってしまったのではないでしょうか(155)仰慕ヶ窟の補正内角は89.91゜となっていて、これも神が決めたようなすばらしい精度の直角になっています、ここにある天安河原宮は神社群中心の位置にあります。行って見るとわかることですが、天岩戸は写真撮影が禁止になっています。そこには神話に相当するような岩戸はなく、どこにもあるような岩の窪みがあるだけです。この件についてはいずれ詳しく報告する予定です。
   

 
 図S99①八城神社-②御蔵洞間は191本もの直角線(誤差±1度以内で結ぶことができる)
 
ポイント名(空欄は不詳社) 緯度
(度・分・秒)
経度
(度・分・秒)
緯度,経度(十進) 補正内角
(度)
住所
1 吉永八幡宮 340758.39 1305514.01 34.132886,130.920558 90.59 山口県下関市豊浦町大字吉永1508
2 安養寺 340455.42 1305423.02 34.082061,130.906394 90.82 山口県下関市吉見上1377
3 石槌大権現天狗乃宮 340357.50 1305408.58 34.065972,130.902383 90.86 山口県下関市吉見古宿町9-7
4 金刀比羅宮 335654.54 1305232.87 33.948483,130.875797 90.35 山口県下関市彦島竹ノ子島町6-35 
5 愛宕神社 335305.06 1305145.07 33.884738,130.862519 89.70 福岡県北九州市小倉北区菜園場2丁目2-5
6 神明宮 335251.97 1305204.64 33.881102,130.867955 90.46 福岡県北九州市小倉北区田町16-5
7 水神社 335233.30 1305147.06 33.875916,130.863072 89.90 福岡県北九州市小倉北区原町1丁目17-25
8 西安禅寺 335215.96 1305205.73 33.871100,130.868258 90.62 福岡県北九州市小倉北区木町2丁目12-34
9 普門寺 335211.88 1305156.98 33.869966,130.865827 90.32 福岡県北九州市小倉北区木町3丁目16-3
10 篠崎八幡神社 335153.32 1305209.35 33.864811,130.869263 90.81 福岡県北九州市小倉北区篠崎1丁目7--1
11 於姿宮神社 335044.05 1305153.62 33.845569,130.864894 90.45 福岡県北九州市小倉南区蒲生2丁目6-23
12 巣山天満宮 335024.15 1305149.55 33.840041,130.863763 90.36 福岡県北九州市小倉南区蒲生4丁目10-46
13 蒲生八幡神社 335013.41 1305130.83 33.837058,130.858563 89.77 福岡県北九州市小倉南区蒲生5丁目6-10
14 祇園神社 334929.85 1305129.61 33.824958,130.858225 89.83 福岡県北九州市小倉南区長尾1丁目8-5
15 太元稲荷神社 334926.66 1305152.51 33.824072,130.864586 90.56 福岡県北九州市小倉南区徳力5丁目12-1
16 八旗八幡宮 334918.98 1305115.41 33.821938,130.854280 89.41 福岡県北九州市小倉南区長尾4丁目26-1
17 妙真寺 334847.74 1305153.91 33.813261,130.864975 90.65 福岡県北九州市小倉南区徳吉東3丁目11-1
18 稲荷神社 334839.89 1305112.30 33.811080,130.853416 89.39 福岡県北九州市小倉南区徳吉西3丁目10-16
19 意吉神社(こころよしじんじゃ) 334812.19 1305118.16 33.803386,130.855044 89.61 福岡県北九州市小倉南区高津尾
20 日光神社 334810.32 1305144.64 33.802866,130.862400 90.41 福岡県北九州市小倉南区徳吉
21 東大野八幡神社 334741.05 1305155.39 33.794736,130.865386 90.75 福岡県北九州市小倉南区母原55
22 大応寺 334716.87 1305142.29 33.788019,130.861747 90.38 福岡県北九州市小倉南区石原町477
23 明照寺 334713.39 1305143.36 33.787052,130.862044 90.41 福岡県北九州市小倉南区石原町536
24 法円寺 334650.21 1305150.81 33.780613,130.864113 90.64 福岡県北九州市小倉南区新道寺149-1
25 天満神社 334618.75 1305154.45 33.771875,130.865125 90.75 福岡県北九州市小倉南区木下224-5
26 厳島神社 334603.57 1305151.14 33.767658,130.864205 90.72 福岡県北九州市小倉南区木下
27 天疫神社 334531.27 1305147.60 33.758686,130.863222 90.55 福岡県北九州市小倉南区小森111
28 大山祇神社 334505.77 1305129.23 33.751602,130.858119 90.05 福岡県北九州市小倉南区呼野872
29 334248.25 1305105.53 33.713402,130.851536 89.38 福岡県田川郡香春町採銅所1799付近
30 334239.49 1305120.72 33.710969,130.855755 89.76 福岡県田川郡香春町採銅所1320付近
31 古宮八幡宮 334222.92 1305114.86 33.706366,130.854127 89.60 福岡県田川郡香春町採銅所2611
32 334206.23 1305111.17 33.701730,130.853102 89.50 福岡県田川郡香春町採銅所6091
33 清妃神社 334156.50 1305108.62 33.699027,130.852394 89.42 福岡県田川郡香春町採銅所5746
34 鏡山神社 334039.51 1305115.39 33.677641,130.854275 89.50 福岡県田川郡香春町鏡山699
35 貴船神社 334016.93 1305120.89 33.671369,130.855802 89.60 福岡県田川郡香春町高野238
36 蓮台寺 333915.16 1305102.81 33.654211,130.850780 89.09 福岡県田川郡香春町中津原971-3
37 333906.95 1305147.67 33.651930,130.863241 90.10 福岡県田川郡香春町柿下829
38 333730.11 1305224.64 33.625030,130.873511 90.69 福岡県田川郡赤村内田298
39 333704.23 1305112.16 33.617841,130.853377 89.07 福岡県田川郡大任町今任原1600
40 菅原神社 333633.14 1305119.10 33.609205,130.855305 89.15 福岡県田川郡大任町大行事
41 貴船神社 333623.98 1305130.56 33.606661,130.858488 89.37 福岡県田川郡大任町大行事
42 333610.36 1305129.78 33.602877,130.858272 89.32 福岡県田川郡大任町大行事2589付近
43 田川四国東部八十三番奥の院 333606.31 1305234.79 33.601752,130.876330 90.68 福岡県田川郡赤村赤3827
44 高木神社 333601.55 1305139.28 33.600430,130.860911 89.05 福岡県田川郡大任町大行事2471
45 八幡神社 333554.55 1305242.11 33.598486,130.878363 90.79 福岡県田川郡赤村赤3602
46 333528.01 1305247.49 33.591113,130.879858 90.82 福岡県田川郡赤村赤434
47 333455.14 1305122.22 33.581983,130.856172 88.98 福岡県田川郡添田町添田2624
48 添田神社天満宮 333419.26 1305143.58 33.572016,130.862105 89.32 福岡県田川郡添田町添田1584-10
49 須佐神社 333349.87 1305134.63 33.563852,130.859619 89.06 福岡県田川郡添田町添田818-8
50 333312.51 1305135.44 33.553475,130.859844 88.96 福岡県田川郡添田町野田
51 貴船神社 333239.59 1305150.87 33.544330,130.864130 89.16 福岡県田川郡添田町野田337
52 熊野神社 333202.87 1305157.82 33.534130,130.866061 89.18 福岡県田川郡添田町桝田1020
53 西善寺 332425.35 1305355.60 33.407041,130.898777 89.42 大分県日田市鶴河内1909
54 若宮八幡宮 332352.24 1305418.73 33.397844,130.905202 89.63 大分県日田市鶴河内
55 金比毘羅宮 332150.13 1305544.24 33.363925,130.928955 90.35 大分県日田市三和2254
56 笹森神社 332109.20 1305638.15 33.352555,130.943930 90.95 大分県日田市三和1067付近
57 大行事神社 332100.93 1305505.47 33.350258,130.918186 89.51 大分県日田市三和1067
58 照妙寺 332052.52 1305624.74 33.347922,130.940205 90.65 大分県日田市三和1490-1
59 332046.07 1305450.65 33.346130,130.914069 89.21 大分県日田市山田320
60 朝日天満宮 332034.06 1305500.74 33.342794,130.916872 89.30 大分県日田市小迫918付近
61 羽野天満宮 332033.60 1305621.54 33.342666,130.939316 90.50 大分県日田市三和296付近
62 国津神社 332021.01 1305548.91 33.339169,130.930252 89.95 大分県日田市渡里910-1
63 若宮八幡 332020.62 1305657.84 33.339061,130.949400 90.97 大分県日田市西有田403-13付近
64 天満宮 332011.09 1305431.40 33.336413,130.908722 88.75 大分県日田市二串341
65 天神社 331959.91 1305526.92 33.333308,130.924144 89.51 大分県日田市小迫85-2
66 月隈神社 331955.95 1305607.99 33.332208,130.935552 90.09 大分県日田市丸山2丁目4-67
67 日田神社 331950.43 1305630.80 33.330675,130.941888 90.40 大分県日田市城町2丁目4
68 吹上神社 331950.08 1305536.47 33.330577,130.926797 89.60 大分県日田市吹上町9-31付近
69 天満宮 331947.92 1305517.90 33.329977,130.921638 89.32 大分県日田市友田1314
70 331925.11 1305616.54 33.323641,130.937927 90.05 大分県日田市中城町4-7
71 玉垂神社 331917.01 1305527.68 33.321391,130.924355 89.30 大分県日田市十二町
72 大原八幡宮 331914.38 1305644.91 33.320661,130.945808 90.28 大分県日田市田島184
73 宮地嶽神社 331912.49 1305651.35 33.320136,130.947597 90.49 大分県日田市田島(大字)656-6
74 丸尾神社 331911.50 1305653.57 33.319861,130.948213 90.51 大分県日田市田島729
75 若八幡社 331911.15 1305620.20 33.319763,130.938944 90.02 大分県日田市田島本町6
76 金比羅宮 331907.16 1305657.80 33.318655,130.949388 90.55 大分県日田市田島660付近
77 和光神社 331857.39 1305536.61 33.315941,130.926836 89.32 大分県日田市庄手
78 八坂神社 331855.89 1305550.94 33.315525,130.930816 89.52 大分県日田市隈2丁目8-30
79 元大原神社 331855.45 1305726.75 33.315402,130.957430 90.90 大分県日田市求来里423
80 日隈神社 331852.32 1305542.61 33.314533,130.928502 89.38 大分県日田市庄手
81 萩尾稲荷神社 331850.77 1305609.17 33.314102,130.935880 89.76 大分県日田市本町7-4
82 会所八幡社 331848.93 1305634.61 33.313591,130.942947 90.11 大分県日田市日高
83 法恩寺山古墳群 331837.52 1305659.87 33.310422,130.949963 90.41 大分県日田市日高614
84 若宮神社 331835.35 1305618.62 33.309819,130.938505 89.81 大分県日田市日高75
85 天満宮 331818.16 1305654.81 33.305044,130.948558 90.23 大分県日田市下井手町59-3付近
86 天満宮 331815.44 1305620.89 33.304288,130.939136 89.73 大分県日田市高瀬596付近
87 誠和神社 331809.61 1305601.98 33.302669,130.933883 89.43 大分県日田市高瀬376
88 331759.44 1305622.69 33.299844,130.939636 89.67 大分県日田市高瀬1479
89 大神社 331757.38 1305642.98 33.299272,130.945272 89.94 大分県日田市高瀬6979付近
90 金比羅神社 331754.06 1305617.83 33.298350,130.938286 89.57 大分県日田市高瀬1524付近
91 小ケ瀬神社 331752.96 1305731.82 33.298044,130.958838 90.61 大分県日田市日高2820
92 八幡神社 331644.95 1305650.83 33.279152,130.947452 89.64 大分県日田市高瀬7819
93 331629.26 1305722.67 33.274794,130.956297 89.99 大分県日田市大山町東大山466
94 水天宮 331626.53 1305718.89 33.274036,130.955247 89.92 大分県日田市大山町東大山471
95 日子神社 331614.52 1305717.75 33.270700,130.954930 89.84 大分県日田市大山町西大山184
96 老松神社 331537.30 1305739.02 33.260361,130.960838 89.91 大分県日田市大山町西大山870-5
97 年出神社 331528.55 1305751.73 33.257930,130.964369 90.03 大分県日田市大山町西大山3497
98 331524.54 1305820.40 33.256816,130.972333 90.39 大分県日田市大山町東大山2275
99 331500.10 1305830.46 33.250027,130.975127 90.38 大分県日田市大山町東大山2731
100 331454.94 1305832.84 33.248594,130.975788 90.38 大分県日田市大山町東大山271
101 331453.78 1305920.11 33.248272,130.988919 91.00 大分県日田市大山町東大山369
102 331433.45 1305847.81 33.242625,130.979947 90.44 大分県日田市大山町西大山4376
103 亀岡神社 331425.28 1305822.63 33.240355,130.972952 90.06 大分県日田市大山町西大山5156
104 天満宮 331338.15 1305911.96 33.227263,130.986655 90.41 大分県日田市大山町東大山4015
105 高平社 331333.41 1305848.89 33.225947,130.980247 90.08 大分県日田市大山町西大山6091
106 331317.53 1305919.29 33.221536,130.988691 90.38 大分県日田市大山町西大山6558
107 琴平社 331258.51 1305917.19 33.216252,130.988108 90.23 大分県日田市大山町西大山669付近
108 331208.05 1305926.91 33.202236,130.990808 90.04 大分県日田市天瀬町出口2488
109 331201.87 1310032.68 33.200519,131.009077 90.83 大分県日田市天瀬町出口3032-3
110 331149.45 1310028.42 33.197069,131.007894 90.70 大分県日田市天瀬町出口3058
111 大神宮 331128.20 1305919.91 33.191166,130.988863 89.70 大分県日田市大山町西大山8656-6
112 331104.93 1305928.01 33.184702,130.991113 89.66 大分県日田市大山町西大山8906-3
113 天満宮 330827.75 1310120.67 33.141041,131.022408 90.00 熊本県阿蘇郡小国町黒渕4424
114 330752.30 1310116.83 33.131194,131.021341 89.72 熊本県阿蘇郡小国町黒渕84
115 330752.26 1310131.58 33.131183,131.025438 89.89 熊本県阿蘇郡小国町黒渕15
116 大神宮 330742.32 1310258.73 33.128422,131.049647 90.84 熊本県阿蘇郡小国町宮原3517
117 鉾納社 330735.54 1310215.79 33.126538,131.037719 90.30 熊本県阿蘇郡小国町黒渕2887
118 330734.89 1310137.81 33.126358,131.027169 89.85 熊本県阿蘇郡小国町黒渕1710
119 330717.81 1310227.61 33.121613,131.041002 90.31 熊本県阿蘇郡小国町黒渕2927
120 330701.77 1310149.18 33.117158,131.030327 89.76 熊本県阿蘇郡小国町黒渕1067
121 熊の社神社 330620.86 1310337.20 33.105794,131.060333 90.71 熊本県阿蘇郡小国町宮原2480
122 330615.65 1310314.38 33.104347,131.053994 90.41 熊本県阿蘇郡南小国町中原1469
123 330600.22 1310251.43 33.100061,131.047619 90.05 熊本県阿蘇郡南小国町中原1996
124 二川神社 330548.31 1310400.78 33.096752,131.066883 90.76 熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場1760
125 小国両神社 330544.10 1310415.42 33.095583,131.070950 90.89 熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場1939
126 火結神社 330540.77 1310408.58 33.094658,131.069050 90.79 熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場1825-4
127 天満宮 330533.65 1310234.96 33.092680,131.043044 89.68 熊本県阿蘇郡南小国町中原5210
128 330519.76 1310413.70 33.088822,131.070472 90.70 熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場3312
129 330505.84 1310401.45 33.084955,131.067069 90.46 熊本県阿蘇郡南小国町赤馬場3876
130 熊野座神社 330455.18 1310252.55 33.081994,131.047930 89.61 熊本県阿蘇郡南小国町中原2601-1
131 国造神社 325921.89 1310727.08 32.989413,131.124188 90.12 熊本県阿蘇市一の宮町手野2100
132 金刀比羅神社 325916.11 1310730.74 32.987808,131.125205 90.12 熊本県阿蘇市一の宮町手野2318
133 325906.26 1310735.40 32.985072,131.126500 90.09 熊本県阿蘇市一の宮町手野
134 325840.02 1310656.75 32.977783,131.115763 89.51 熊本県阿蘇市一の宮町中通2703
135 325827.78 1310824.87 32.974383,131.140241 90.29 熊本県阿蘇市一の宮町三野
136 寺院 325816.34 1310749.56 32.971205,131.130433 89.86 熊本県阿蘇市一の宮町手野1015
137 塩井神社 325744.24 1310907.01 32.962288,131.151947 90.37 熊本県阿蘇市一の宮町三野1459
138 325714.91 1310845.09 32.954141,131.145858 89.94 熊本県阿蘇市一の宮町北坂梨834
139 325651.71 1310802.98 32.947697,131.134161 89.36 熊本県阿蘇市一の宮町坂梨38
140 325624.85 1310828.05 32.940236,131.141125 89.92 熊本県阿蘇市一の宮町坂梨
141 325623.56 1310819.08 32.939877,131.138633 89.30 熊本県阿蘇市一の宮町坂梨
142 325614.83 1310809.90 32.937452,131.136083 89.15 熊本県阿蘇市一の宮町坂梨831
143 寺院 325609.28 1310854.04 32.935911,131.148344 89.52 熊本県阿蘇市一の宮町坂梨
144 325503.59 1311006.29 32.917663,131.168413 89.69 熊本県阿蘇市波野大字新波野845
145 325502.08 1311110.99 32.917244,131.186386 90.16 熊本県阿蘇市波野大字波野1968
146 遊雀天満宮 325434.08 1311047.16 32.909466,131.179766 89.84 熊本県阿蘇市波野大字波野1153
147 325321.48 1311251.47 32.889300,131.214297 90.38 熊本県阿蘇郡高森町河原3417
148 325300.43 1311408.01 32.883452,131.235558 90.89 熊本県阿蘇郡高森町河原
149 尾下菅原神社 325135.31 1311524.05 32.859808,131.256680 90.84 熊本県阿蘇郡高森町尾下4011
150 325022.24 1311459.74 32.839511,131.249927 90.04 熊本県阿蘇郡高森町野尻646
151 常念寺 325016.41 1311509.24 32.837891,131.252566 90.08 熊本県阿蘇郡高森町野尻144
152 324606.87 1311759.97 32.768575,131.299991 89.40 宮崎県西臼杵郡高千穂町上野3681
153 324552.66 1311758.42 32.764627,131.299561 89.27 宮崎県西臼杵郡高千穂町上野3384
154 324446.93 1312108.74 32.746369,131.352427 90.14 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸2573
155 仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)
324415.86 1312113.07 32.737738,131.353630 89.91 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸(天安河原宮)
156 天岩戸神社 324403.94 1312101.60 32.734427,131.350444 89.73 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸1073
157 天岩戸 324403.14 1312104.16 32.734205,131.351155 89.74 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸1073
158 324357.48 1312101.90 32.732633,131.350527 89.67 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸
159 324348.79 1312026.03 32.730219,131.340563 89.34 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸405
160 324206.88 1312410.10 32.701911,131.402805 90.06 宮崎県西臼杵郡日之影町七折
161 324100.01 1312426.47 32.683336,131.407352 89.59 宮崎県西臼杵郡日之影町七折6310
162 324008.03 1312747.16 32.668897,131.463100 90.47 宮崎県延岡市北方町下鹿川申317
163 324001.51 1312417.94 32.667086,131.404983 89.03 宮崎県西臼杵郡日之影町七折3620
164 323756.26 1312742.58 32.632294,131.461827 89.27 宮崎県延岡市北方町美々地未656
165 323625.33 1313141.19 32.607036,131.528108 89.91 宮崎県延岡市北方町板下
166 323623.61 1313202.01 32.606558,131.533891 90.02 宮崎県延岡市北方町板下戌245
167 323612.76 1313345.05 32.603544,131.562513 90.53 宮崎県延岡市北方町板下戌245
168 舞野神社 323450.84 1313543.59 32.580788,131.595441 90.44 宮崎県延岡市舞野町2672
169 323448.93 1313318.12 32.580258,131.555033 89.60 宮崎県延岡市北方町曽木子122
170 323438.86 1313429.47 32.577461,131.574852 89.91 宮崎県延岡市小川町4312
171 天神社 323359.88 1313444.24 32.566633,131.578955 89.64 宮崎県延岡市細見町3544
172 323359.45 1313647.76 32.566513,131.613266 90.31 宮崎県延岡市吉野町1847
173 天神社 323356.34 1313555.77 32.565650,131.598825 90.00 宮崎県延岡市貝の畑町2425
174 323356.22 1313548.63 32.565616,131.596841 89.92 宮崎県延岡市貝の畑町2755
175 中三輪神社 323352.36 1313519.63 32.564544,131.588786 89.76 宮崎県延岡市貝の畑町2208
176 323338.36 1313642.91 32.560655,131.611919 90.10 宮崎県延岡市下三輪町1065
177 長全寺 323331.86 1313642.22 32.558850,131.611727 90.02 宮崎県延岡市下三輪町1320
178 沖田稲荷大社 323253.99 1313933.66 32.548330,131.659350 90.57 宮崎県延岡市片田町3139-7
179 興太夫神社 323219.39 1313742.93 32.538725,131.628591 89.66 宮崎県延岡市上伊形町
180 323138.46 1314012.24 32.527350,131.670066 90.05 宮崎県延岡市伊形町5622
181 伊福形神社 323128.12 1314031.15 32.524477,131.675319 90.04 宮崎県延岡市北一ケ岡4丁目11-12
182 323123.87 1313924.85 32.523297,131.656902 89.67 宮崎県延岡市上伊形町892
183 323119.16 1314021.14 32.521988,131.672538 89.91 宮崎県延岡市下伊形町7325-3
184 入道神社 323115.63 1313954.90 32.521008,131.665250 89.75 宮崎県延岡市赤水町530
185 赤水神社 323040.77 1314203.61 32.511325,131.701002 90.05 宮崎県延岡市赤水町530
186 鯛名神社 323040.24 1314137.87 32.511177,131.693852 89.92 宮崎県延岡市鯛名町470-1
187 霧島神社 323038.41 1314043.82 32.510669,131.678838 89.64 宮崎県延岡市土々呂町5丁目1186
188 妙見神社 323026.94 1314100.83 32.507483,131.683563 89.61 宮崎県延岡市妙見町3962
189 比叡神社 323025.86 1314118.97 32.507183,131.688602 89.69 宮崎県延岡市妙見町3878-36
190 櫛津神社 323016.58 1314045.09 32.504605,131.679191 89.44 宮崎県延岡市櫛津町3515-イ
191 322901.68 1314258.13 32.483800,131.716147 89.36 宮崎県東臼杵郡門川町庵川
(36)連台寺(銅鉱床に関係)、(66)月隈神社、(80)日隈神社、(155)仰慕ヶ窟、(156)天岩戸神社、(157)天岩戸など興味あるポイントが多くある
三隈月隈神社、日隈神社、星隈神社)のうち星隈神社(大分県日田市友田1952)はその補正内角が88.38゜となる
補正内角の直角からのずれが±0.1度以内の線(赤文字で示す)が41本もある。このような事象が起きる大雑把な確率は全平面で1/1000しかない。



 八城神社①-②御蔵洞を結んだ線に③、④と二つの一宮がピギーバック配列している代表例
 図S100  八城神社①-②御蔵洞を結んだ線に③、④と二つの一宮がピギーバック配列している代表例
出発点 経由点 到達点 補正内角
(度)
①八城神社 ③物部神社 ③御蔵洞 90.74
①八城神社 ④吉備津彦神社 ③狗留孫山 90.54
 
 
ポイント名 緯度 経度 緯度,:経度(10進)
八城神社 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341425.98 1305737.64 34.240550,130.960455
御蔵洞 高知県室戸市室戸岬町 331505.88 1341050.21 33.251633,134.180613
物部神社(石見国一宮) 島根県大田市川合町川合1545 350918.05 1323048.50 35.155013,132.513472
吉備津彦神社(備前国一宮) 岡山県岡山市北区一宮1043 344035.63 1335148.65 34.676563,133.863513




①八城神社を出発した線は②御蔵洞を経由89.53゜で③籠神社に到着する 
 図S101  ①八城神社を出発した線は②御蔵洞を経由89.53゜で③籠神社に到着する
 
出発点 経由点 到達点 補正内角
①八城神社 ②御蔵洞 ③籠神社 89.53
ポイント名 緯度 経度 緯度,:経度(10進)
八城神社 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341425.98 1305737.64 34.240550,130.960455
御蔵洞 高知県室戸市室戸岬町 331505.88 1341050.21 33.251633,134.180613
籠神社(丹後国一宮) 京都府宮津市字大垣430 353458.26 1351147.53 35.582850,135.196536
 



 世界遺産の宮島にある③御山神社は①-②-③のピギーバック配列の位置にある。④はさらにそれを重ねる
 図S102 世界遺産の宮島にある③御山神社は①-②-③のピギーバック配列の位置にある。④はさらにそれを重ねる
①-②間のピギーバック配列は図103を参照、②-④間も同じようにたくさんのピギーバックが成立する
 
出発点 経由点 到達点 補正内角
①八城神社 ②狗留孫山 ⑤竹島 89.70
②狗留孫山 ③御山神社 ⑤竹島 90.12
④倭文神社 ④倭文神社 ⑤竹島 89.56
 
番号 ポイント名 緯度 経度 緯度,:経度(10進)
八城神社 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341425.98 1305737.64 34.240550,130.960455
狗留孫山 山口県山口市徳地引谷 341213.33 1313800.83 34.203702,131.633563
御山神社(厳島神社奥宮) 広島県廿日市市宮島町 341639.11 1321905.92 34.277530,132.318311
倭文神社(備前国一宮) 鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内754 371426.87 1315210.52 37.240797,131.869588


御山神社はこれまでの説明と時代が異なると疑問があるときは御山神社の漢字パターンを参照してください。

 ①八城神社-②狗留孫山の線に対して11個ものピギーバック配列が成立している
 図S103 ①八城神社-②狗留孫山の線に対して11個ものピギーバック配列が成立している
出発点 経由点 到達点 補正内角
①八城神社 ③恵比須神社 ②狗留孫山 89.70
①八城神社 ④赤崎大明神 ②狗留孫山 90.35
①八城神社 ⑤女滝不詳神社 ②狗留孫山 89.55
①八城神社 ⑥鱒谷不詳神社 ②狗留孫山 89.20
①八城神社 ⑦本郷不詳神社 ②狗留孫山 89.57
①八城神社 ⑧西沖之山神社 ②狗留孫山 89.82
①八城神社 ⑨清末八幡宮 ②狗留孫山 90.13
①八城神社 ⑩室路八幡宮 ②狗留孫山 91.69
①八城神社 ⑪金比羅宮 ②狗留孫山 90.95
①八城神社 ⑫植田王子社 ②狗留孫山 89.01
①八城神社 ⑬日瀬神社 ②狗留孫山 90.08
 
 
番号 ポイント名 緯度 経度 緯度,:経度(十進)
八城神社 山口県下関市豊北町大字北宇賀上畑 341425.98 1305737.64 34.240550,130.960455
狗留孫山(くるそんさん) 山口県山口市徳地引谷 341213.33 1313800.83 34.203702,131.633563
恵比須神社 山口県萩市相島11 343014.16 1311653.74 34.503933,131.281594
赤崎大明神 山口県萩市大井1338 342809.32 1312711.88 34.469255,131.453300
女滝不詳神社 山口県萩市紫福7756付近 342705.84 1312943.69 34.451622,131.495469
鱒谷不詳神社 山口県萩市吉部下139 342501.84 1313241.39 34.417177,131.544830
本郷不詳神社 山口県山口市阿東生雲中1527 342209.57 1313511.03 34.369325,131.586397
西沖之山神社 山口県山陽小野田市西沖 335720.51 1311128.59 33.955697,131.191275
清末八幡宮 山口県下関市清末中町1丁目5-1 340333.05 1310126.35 34.059180,131.023986
室路八幡宮 山口県下関市菊川町大字日新1133 340745.97 1305859.90 34.129436,130.983305
金比羅宮 山口県下関市阿内1899 340529.77 1310008.90 34.091602,131.002472
植田王子社 山口県下関市植田516 340706.80 1305853.05 34.118555,130.981402
日瀬神社 山口県下関市菊川町大字久野410 340856.17 1305819.04 34.148936,130.971955





2014.11.12記

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