西殿塚古墳は、宮内庁の指定では衾田陵として第26代継体天皇皇后の 手白香皇女の稜であるとされていますが、調査の結果から、箸墓古墳に 次いで作られた台与の墓とも呼ばれている古墳です。
この古墳からも、玉石甌穴に到着する直角線を持ちます。その補正内 角は何と90.06度で、その経由点は大日山(1,689m、奈良県天川村大字洞)です。
ちなみに、稲村ヶ岳(1,689m奈良県天川村大字洞川)を経由した場合は その補正内角は90.13度になります。
ここから見て、衾田陵(西殿塚古墳)は箸墓古墳と同じように、縄 文時代から続く神社配列の伝統を持つ集団によって作られたのは間違い ないものと考えられます。
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