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新着記事

タイトル大戦中?
記事No341   [関連記事]
投稿日: 2021/05/26(Wed) 06:12
投稿者新潟県民
ワクチンによる攻撃
現支配をトランプ大統領がひっくり返してくれると信じています。
その後で日本を日本人が立て直さなければなりません。
どのような日本の在り方であるべきか、想像しますが思いつきません。

日本のあるべき姿とはどのようなものなのでしょうね。
現在虐げられている日本人が解放されたら嬉しいです。

タイトルRe^2: 田上
記事No337   [関連記事]
投稿日: 2020/10/15(Thu) 23:02
投稿者新潟県民
ご丁寧に一つ一つお返事をありがとうございます。お忙しいのに。

水道管補修に使ったテープは失念していて確認したら、アメリカ製のレクターテープというものでした。ちなみにムサシで買いました。船の修理に使うようです。

田上の現場はどこだったか、田んぼの整備工事か403号の道路工事か。思い出せません。
工事中止を嫌って隠す現場は少なくないようでした。多いわけでもないんでしょうけど、みつけても報告したら損、ぐらいの認識が根付く程度には。
田上は多いと聞いたような。でも昔のことでちゃんと思い出せません。すみません。

何か大発見があったんですか、嬉しいですね。

源義経は国上寺にも本人彫刻の大黒様を奉納されてます。
しかし国上寺はひどいものですね。修繕費の寄付の張り紙を見て少し寄付したのに、裸の良寛さんや空海さんの絵とか描かれてTVデビューです。
TVで知って以来国上寺には行ってません。
門にある石像もないほうがいいぐらいひどいものが置いてあって、それも嫌いでしたが。
聖徳太子も訪れているというのに、ひどい汚染です。忌々しい。

ちなみに、
浦島太郎と山幸彦は似てると思いますが、酒呑童子も似てるように思いました。
酒呑童子はもともと美男子で、大量の恋文が詰まったつづらを開けたら煙がたちのぼって鬼になったとかで、玉手箱を開けるくだりに似てると思いました。
海に行った話は聞きませんが、国上はそもそも身近に海がありますし。

昔話や色々、面白いですよね。
妄想しかできませんけど。

西遊記の孫悟空は石から生まれて海を渡って中国に行ったから、生まれは日本なんじゃないかとか。妄想楽しいです。

田上の田巻邸にいったらボランティアさんが、「三蔵法師は妙高山を須弥山だと言った」と教えてくれて、三蔵法師は日本に来たのかなと思いました。

乱文失礼しました。

タイトルRe: 田上
記事No336   [関連記事]
投稿日: 2020/10/14(Wed) 22:59
投稿者管理人
> 土木の仕事をしていた時、土器の出た現場は工事がストップするのが嫌で埋めてた所がありました。
> 田上もあったようです。
> 惜しいです。

それはどこでしょう。

私も、ものすごく惜しい場所があります。

>
> ちなみに田上と下田と間の加茂って何かあるんですかね。
> 田上は田の神かなと思うんですが、調べるにいたりません;

周辺の神社の関係などから見ても何があっもおかしくないと考えていま
す。「田上」私もそれを調べたことがありますが、やはり、わかりませ
ん。

>
> 弥彦の図書室の本には弥彦の古代文字が載ってましたよ。これももっと詳しく調べたいんですが、弥彦の図書室まで行って本を読み漁るほどの時間がつくれません。

> 残念です。

私も現在同じ心境です。

> 余談ですが、弥彦神社の宝物殿には源義経奉納の鉄扇があったのに、数年前からなくなっていました。

義経は寺泊経由で北上したことがはっきりしているので、それは
まちがいないでしょう。これを調べるつてもありますが、暇があり
ません。

> ああいうのはどこが管理してるんでしょうね。
> 寺や神社は明治維新から乗っ取られてて行方が心配です。

その通りですね。伊藤博文は大変な功績を残されたのは確かですが
大きな負の遺産を残してくれました。神社の研究をしていると、それ
が大きな障害になっています。それに引き換え、南方熊楠様には感謝
しています。反骨の熊楠様がいてくれなかったら、日本の貴重な神社
のほとんどは無くなっていたでしょう。

> 出雲崎の多聞寺の今は亡き住職さんも、昔毒を盛られたと仰ってま
した。

ああ、あの付近は神社の研究に行きました。道路に駐車して、調査に
向かい、戻ったら車の中に忘れたGPS(当時はとんでもなく高価)
が、熱で壊れていました。一生忘れない出来事を思い出します。


> 本当に。
> 戦国時代の争う原因ももっと奥深いものを感じます。
> 秀吉の本当にしようとしたことは何か、今一番知りたいことです。
> 伊達政宗は六芒星の配置で寺社を建てたことで有名らしいですが、
> 秀吉はそれよりももっと大規模な何かを仕組んでいるような、妄想をしています。

私は、このあたりは良く知りませんが、秀吉がなくなった直後、その
仕組みを作った人を捉え、即刻その仕組を聞き出しそれを、完全に破壊
したと聞いています。

> 今年の冬の降雪量、毎年気になります。
> 昨年は小雪で楽をしました。
> 水道管の破裂、二年前うちもやりました。
> 旦那の会社の人から半永久的な硬化して接着するテープがホームセンターにあると聞いて、三千円ぐらいのそのテープを買って修繕しました。優秀です。白人の発想って凄いなって思いました。
こちらは、水道管だけでなく、温水器、ウオッシュレットも壊れまし
た。温水器は修理できず、買い替え、ウオッシュレットは部品がない
ので修理不能と言われ、これを自分で直すには想像以上に苦労しまし
た。

 そのテープ、自己融着テープか、エポキシを含浸したテープでしょ
うか? 後者なら戦車の応急処理にも使われているとの事です。どち
らも使ったことがあります。

> 大雪だけは勘弁して欲しいです。
> 雪国の宿命ですね。

そうですね、今月末は雪囲い、凍結防止、草取りになどに関原に行く
予定です。

返信の書き込みが遅れ申し訳ありませんでした。ちょうど、田上の
古代にかかわる大発見があり、その対応に頭をくだいていました。
背景にとても複雑な問題があり、ここに書くことができないのが残念
です。

タイトル田上
記事No335   [関連記事]
投稿日: 2020/10/07(Wed) 17:34
投稿者新潟県民
土木の仕事をしていた時、土器の出た現場は工事がストップするのが嫌で埋めてた所がありました。
田上もあったようです。
惜しいです。

ちなみに田上と下田と間の加茂って何かあるんですかね。
田上は田の神かなと思うんですが、調べるにいたりません;

弥彦の図書室の本には弥彦の古代文字が載ってましたよ。これももっと詳しく調べたいんですが、弥彦の図書室まで行って本を読み漁るほどの時間がつくれません。
残念です。
余談ですが、弥彦神社の宝物殿には源義経奉納の鉄扇があったのに、数年前からなくなっていました。
ああいうのはどこが管理してるんでしょうね。
寺や神社は明治維新から乗っ取られてて行方が心配です。

出雲崎の多聞寺の今は亡き住職さんも、昔毒を盛られたと仰ってました。

本当に。
戦国時代の争う原因ももっと奥深いものを感じます。
秀吉の本当にしようとしたことは何か、今一番知りたいことです。
伊達政宗は六芒星の配置で寺社を建てたことで有名らしいですが、
秀吉はそれよりももっと大規模な何かを仕組んでいるような、妄想をしています。

今年の冬の降雪量、毎年気になります。
昨年は小雪で楽をしました。
水道管の破裂、二年前うちもやりました。
旦那の会社の人から半永久的な硬化して接着するテープがホームセンターにあると聞いて、三千円ぐらいのそのテープを買って修繕しました。優秀です。白人の発想って凄いなって思いました。
大雪だけは勘弁して欲しいです。
雪国の宿命ですね。

タイトルRe: 今日のニュースで
記事No334   [関連記事]
投稿日: 2020/10/07(Wed) 03:20
投稿者管理人
参照先https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20201006/1030013883.html
> 新潟市から鳥の足の付いた土器が発掘されたと言っていました。
> いずれ公開されるそうで楽しみです。

興味あるニュースを教えていただきありがとうございました。早速検
索してそのニュースを見つけました。(参照先にURLを入れました)


>
> ちなみに新潟市の笹川邸に新潟県の地図が額に入ってるんですが、それだと弥彦山が島になってます。
> 結構前にたまたま見たなんでも鑑定団に映った新潟周辺の地図が描かれた陶磁器は、佐渡の近くに「小人島」がありました。
> TVでは「架空の島を描くのが流行ってた」とか言ってました。
>
> 色々興味深いです。
> 新潟県三条市の昔話には、本成寺近くの六角堂を息を止めて3周して縄文時代にタイムスリップしたものがあるんですが、そこでも弥彦山が島だったと書かれてました。
> 面白いです。

そうですねそれは面白いですね。

>
> あと長岡の会社の桐生社長の本には、栃尾の蔵王社にヤマタノオロチの墓があるとか。
> 蔵王は蛇王でスクナヒコナ命と言われてますが、栃尾の蔵王社から長岡の金峯神社に変遷して金山彦命が祭神になってます。
> 栃尾の蔵王社に行ったら宮司は稲田氏でした。
> クシイナダヒメに符合して面白いです。
>
> 新潟の謎は尽きないです。

管理人は長岡市関原町に別宅があります。また実家は田上町です。
例年なら隔月くらいで、行っていたのですが、今年はコロナで行く
ことができず、6月に庭の草取りと墓の掃除に行っただけです。

別宅の近くには火炎土器を発掘した近藤家、それを研究した中村孝
三郎氏宅も徒歩距離にあります。

今月から来月にかけて、関原に行く予定です。雪囲いを頼んだり
草取りなどやらないといけないことがたくさんあります。

一昨年は凍結で水道管が破裂して、家の中が大洪水になってしまい
ました。雪国の冬越しもたいへんです。

タイトル今日のニュースで
記事No333   [関連記事]
投稿日: 2020/10/06(Tue) 19:42
投稿者新潟県民
新潟市から鳥の足の付いた土器が発掘されたと言っていました。
いずれ公開されるそうで楽しみです。

ちなみに新潟市の笹川邸に新潟県の地図が額に入ってるんですが、それだと弥彦山が島になってます。
結構前にたまたま見たなんでも鑑定団に映った新潟周辺の地図が描かれた陶磁器は、佐渡の近くに「小人島」がありました。
TVでは「架空の島を描くのが流行ってた」とか言ってました。

色々興味深いです。
新潟県三条市の昔話には、本成寺近くの六角堂を息を止めて3周して縄文時代にタイムスリップしたものがあるんですが、そこでも弥彦山が島だったと書かれてました。
面白いです。

あと長岡の会社の桐生社長の本には、栃尾の蔵王社にヤマタノオロチの墓があるとか。
蔵王は蛇王でスクナヒコナ命と言われてますが、栃尾の蔵王社から長岡の金峯神社に変遷して金山彦命が祭神になってます。
栃尾の蔵王社に行ったら宮司は稲田氏でした。
クシイナダヒメに符合して面白いです。

新潟の謎は尽きないです。

タイトル国土地理院cyberjapan.jpの停止とその対策
記事No326   [関連記事]
投稿日: 2020/04/18(Sat) 12:50
投稿者管理人
参照先https://vldb.gsi.go.jp/sokuchi/surveycalc/surveycalc/algorithm/bl2st/bl2st.htm
 昨年の12月14日にこれまで使っていた電子国土の作図機能が動かな
くなってしまいました。

 2018年3月にcyberjapan.jpのサーバー停止してもこの作図機能を使
えるように改良をして使っていました。ここで、国土地理院のサーバ
ーの影響を受けることがなくなったと、すっかり安心して使っていた
最中のトラブルです。早速、国土地理院に連絡したところ、以下の回
答がありました。

>平成31年3月4日14時をもちまして「cyberjapan.jp」運用を停止したのですが、
>手違いで一部ファイルがサーバに残ってしまっている状態でした。
>この度、そのファイルをサーバ上から削除したので、長谷川様のサイトの動きが
>変わったものと考えられます。

平成31年3月に運用を停止する予告があってから、その対策として
cyberjapan.jpを呼んでいるプログラムを調べ上げ、その対策をして
きましたが、その対策に落ち度があったようです。簡単に直せると高
を括っていましたが、想像以上に手間取ってしまいました。

 これまで、研究で最も必要な「補正内角」を電子国土を利用して求
めていました。しかし、電子国土の作図機能を用いないと「補正内
角」を求めることができず、研究が継続できなくなってしまいました。

 ここでも、補正内角の重要性を思い知りました。言い換えれば「補
正内角」を考慮していない地図の線引きは、でたらめであることにな
ります。

 そこで、「補正内角」を地図を用いずに計算で求めることに方針を
変更しました。途中、色々と紆余曲折もあり、大変手間取りました
が、ついに「補正内角」の値を高い精度で、計算によって求めること
に成功しました。回転楕円体の計算になるので、難しい計算になりま
すが、これまでのように国土地理院の計算サービスを利用しなくても
正確な計算を行えるようにしました。しかし、参照先に示した国土地
理院の計算式は最良のヒントになりました。

 この結果は、古代人の方向を求める方法として、私がこれまで主張
してきたことが正しかったことを証明することにもなります。
 
 同時に、これまで使用してきた、ポイントとその緯度、経度の値か
ら、電子国土を経由せず、一気に現在の地理院地図に線を引くことも
可能になりました。

 この結果をもとに、新しく開発環境を整備して、再び研究を再開でき
ることになりました。昨年末以来、更新の止まっていたHPも近いちに
更新をする予定です。


 

タイトル破砕銅鐸について
記事No325   [関連記事]
投稿日: 2019/10/21(Mon) 15:53
投稿者管理人
銅鐸は謎が多く、特にその用途は大きな謎で、その決定的な説明は未
だにできていません。

埋蔵された銅鐸の中には、意図的に破砕された銅鐸が埋蔵されていて、
この理由もわかっていません

ところが、破砕された銅鐸の埋蔵位置をHSCPで見ると、通常の銅
鐸の埋蔵位置と同じようにHSCPの規則に合わせて極めて正確に配
置されていることがわかりました。

代表的な破砕銅鐸である、久田谷遺跡破砕銅鐸出土地を例にとると、

到着 久田谷遺跡破砕銅鐸出土地 (兵庫県豊岡市日高町久田谷タカボコ83) 突線5式
経由 兼基鳥坂遺跡 (岡山県岡山市 中区兼基) 扁平鈕式6区袈裟襷紋
出発 最上位経王大菩薩 (島根県出雲市十六島町)
補正内角 90.11 度
(偶然にこのような角度になる大雑把な確率は1/900)

到着 久田谷遺跡破砕銅鐸出土地 (兵庫県豊岡市日高町久田谷タカボコ83) 突線5式
経由 百枝月遺跡銅鐸出土地 (岡山県岡山市東区百枝月字西畑) 扁平紐式四区袈裟欅紋
出発 最上位経王大菩薩 (島根県出雲市十六島町)
補正内角 89.94 度
(偶然にこのような角度になる大雑把な確率は1/1700)

到着 中野生駒 (兵庫県神戸市東灘区本山北町五丁目) 扁平鈕式6区袈裟襷紋
経由 久田谷遺跡破砕銅鐸出土地 (兵庫県豊岡市日高町久田谷タカボコ83) 突線5式
出発 柚比遺跡群 安永田遺跡石製鋳型出土地 (岡山県美咲町西川上) 福田型 邪視紋銅鐸鋳型
補正内角 89.88 度
(偶然にこような角度になる大雑把な確率は1/830)


到着 中山荘園銅鐸出土地 (兵庫県宝塚市中山荘園4−15) 外縁付紐1式
経由 久田谷遺跡破砕銅鐸出土地 (兵庫県豊岡市日高町久田谷タカボコ83) 突線鈕5式
出発 大峰山銅矛出土地 (広島県尾道市久山田町) 中細形 b類
補正内角 89.99 度
(偶然にこのような角度になる大雑把な確率は1/10000)

到着 久田谷遺跡破砕銅鐸出土地 (兵庫県豊岡市日高町久田谷タカボコ83) 突線5式
経由 岩野辺遺跡破砕銅鐸出土地 (兵庫県宍粟市千種町岩野辺穴尾2387 ) 突線鈕式銅鐸(鈕の破片・現存19.6cm)
出発 仁徳天皇陵 (大阪府堺市堺区大仙町)
補正内角 90.18 度
(偶然にこのような角度になる大雑把な確率は1/550)

以上のように、極めて正確な直角精度で久田谷遺跡破砕銅鐸出土地に埋
められていたことになります。このように精密に決められた位置に埋め
られているので、政治的な異変などがあって慌てて埋めたとする説は成
り立ちません。

それよりも、ここからわかる最大の事実は、紀元前の人たちがこのよう
な精度で遠方の方向を知ることができた何よりの証拠になります。

神社の場合は、神社の数が桁違いに多いので、常識から抜けられない多
くの人たちはHSCPを懐疑的に見る場合がありましたが、銅鐸や銅剣
の埋蔵例は神社のような間違った考えをすることはできません。

古代人が遠方の方向を正確に決められたことは間違いないのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
追記

 先の出雲を出発点とする2例では 、出発点が最上位経王大菩薩となっ
ています。何度も書きますが、この時代にはまだ出雲大社は存在してい
なかったと考えています。

 最上位経王大菩薩は管理人が出雲で最初に位置が決まった神社である
と以前から主張している神社です。

タイトル久々利銅鐸の出土位置
記事No324   [関連記事]
投稿日: 2019/10/16(Wed) 07:56
投稿者管理人
参照先http://maps.gsi.go.jp/#15/35.390896/137.138089/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f2/
https://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/17768/kouko/doutaku.html

久々利銅鐸の出土位置につて岐阜県庁に問い合わせたところ、その返
事は

「久々利銅鐸が出土した住所は岐阜県可児市久々利柿下入会3-249・
3-250です。
ただし、出土位置は伝承で大まかな位置が判明しているだけで、緯
度・経度等の正確な出土位置については不明です。
よろしくお願いします。」

となり、今のところその出土位置は不明のようです。

その後、銅鐸、銅剣、銅戈の出土点をHSCPで解析したところ、
久々利銅鐸の出土位置は。多くのポイントから参照される重要なポ
イントであることがわかりました。

そこでHSCPの規則を応用して、その出土位置を求めて見ました。

その位置は、参照先に示したように、

35度23分27.23秒 137度8分17.12秒

となり、現在は富士カントリーのゴルフ場の中にあることがわかり
ました。

この位置は主に突線紐式の銅鐸埋蔵位置を結んだ直角線の収斂点に
なっていて、その直角精度が格段に高い特徴があります。

この様子は後にHP上で図示する予定です。

タイトルRe: タレスの定理 と中心点
記事No323   [関連記事]
投稿日: 2019/10/01(Tue) 07:25
投稿者管理人
>タレスの定理 (直径に対する円周角は直角である)
>に照らすと出発点と収斂点は直径、経由地は円周上にあります。
>円の中心点に何もないとは思えません。

タレスの定理は平面座標で成立します。地球のような楕円体の表面
ではこの定理は成立しません。
正確な意味での中心点は存在しません。

>中心点に何かある事例はありますか?

中心点付近に意味のありそうな点はこれまでありません。
古代人は遠方の距離を計測することが出来なかったのでコンパスで
円を描くような考えはできなかったでしょう。

ついでに書きますが、これまでたくさんのHSCP線を引いてきまし
たがその線が対称のバターンを作ることは全くありませんでした。

古代人は対称のパターンを嫌っていたようです。
これは、縄文土器の紋様に対称になるパターンが少ないことと関係し
でいるのではないかと、勝手に考えています。

タイトルタレスの定理 と中心点
記事No322   [関連記事]
投稿日: 2019/10/01(Tue) 07:13
投稿者ケムリ(管理人宛メールを転載)
タレスの定理 (直径に対する円周角は直角である)
に照らすと出発点と収斂点は直径、経由地は円周上にあります。
円の中心点に何もないとは思えません。
中心点に何かある事例はありますか?

2019/10/01 02:47:15

タイトルRe^3: HSCPとはどの様なことでしょうか?
記事No321   [関連記事]
投稿日: 2019/09/30(Mon) 23:57
投稿者管理人宛メールを転載
参照先http://wi12000.starfree.jp/forGmap/html/iseki_taku.html
>ないでしょうか。日本中央の碑と神社の関係を調べていて先生のHPに偶々たどり着いた次第。

>不躾な質問疑問を失礼いたしました。

日本中央付近のHSCPによる線引は10年ほど前に引いたことがあります。


>
>
>二つの主要点(A,B)を決定し各ポイント(P?)を設定(定礎)する。しかもPのA,Bに
>対する角度は直角という、縄文測量士が大好きな角度90度とくれば
>タレスの定理、直径に対する円周角は直角という、半径線分ABの1/2の中心点から無数に
>P点を設定できるわけです。一つの結界を表わす手段か。

ポイント(P?)は私が名付けたピギーバック点です。
干字状パターンの一端が消失したり、見つからなかった場合、(P?)点からその端点を
見つけることができます。

http://w312.k.fiw-web.net/hscp/Beginning%20of%20Shinto%20shrine/Sannai-maruyama.html


 ★鷲ノ木遺跡(環状列石)の干字状パターン(巨大津波の跡を示す)

図S33 鷲ノ木遺跡の干字状パターン(八雲鉱山の山神社が端点)
図S35 海中に没した二つの神社の位置
付近を参照してください。より理解が深まるでしょう。


>
>三内丸山遺跡は、ツングース族が最終的に到達した地点、是川遺跡は縄文人が北上してきて到達した
>最終地点ではないか。環状列石は数千年をかけて移動しながら見晴らし好く川が近い場所に居住しながら
>造り上げたベンチマークではないでしょうか。それは北方系は木柱、南方系は石柱文化を継承しながら。

>線分ABの中点から半径Rで円弧を描くと神社ポイントが再現できる。

>実際は中点から見通したのではなく交会法でポイントを決めたのか。
>
>縄文の測量士部隊は必ず存在したと想定しています。日置一族がその系譜かもしれません。日置幸介氏は
>先々代の水沢天文台の所長でしたが、これも天体の測量士です。測量部隊の古くは山伏、マタギ、サンカの
>先祖、縄文祖人の集団であり、当時は国家と云うものが存在していたのかは定かではありませんが、縄文の
>後期には天皇制国家の原型ができていたという説もあります。国の輪郭を位置付けるために、測量をしまくっていた
>と想像すると愉快なのですが。

全く時代の異なる事象を混同していなければいいですね。


>
>小生の考え方
>
>古代、何もない原野に寄る辺となる物を構築するとき、人は石ころを後ろに投げて、

>偶然の位置を期待し決定するだろうか?技術者であればそうはしないだろう。

>太陽の通り道である春分秋分点や目印となる山岳を三角点に見立てて、点の記を作成するだろう。

>そうでなければ意思決定の欠片にもならないからだ。全ての技術は歴史化するが、

>その歴史は測点決定の意志を語るものでもあろう。

>
> 私はその意思決定の過程を追跡している。なぜか?暇だからだ。そうではなく、

>測量による地図作製は国家形成のための重要な施策だからだ。

>

>縄文時代に三内丸山という一大集落を形成なしえた技術もまた測量の成果であろう。

>
>環状列石なるものは、技術屋の眼でみれば立派な2等三角点だ。図根点の周囲に人々が住み始めたに過ぎない。

>
>レイラインかゲシュタルトの法則か?

>
>ある点と点を結び関連付けて心理的にグループ化する。

>これはゲシュタルトの法則という。

>人間は近いものや似ているものをグループ化したり、閉じた図形を見出そうとする性向がある、という法則。

>
>レイライン(ley line)は、古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという仮説だ。

>レイラインの存在を認める動きは学術的には主流とは言えない。

>その理由としては、レイラインが実在するならば、古代の人々がどうしてそのような直線性を持たせたのかが不明であり、

>さらには存在するかに見えるその直線性はまったくの偶然にでも発生するのではないかという疑いをぬぐえないためである。

>
>つまり不明であるから偶然であるというのならば、確かな意思を以ってそうしたのであれば、

>必然的なレイラインが引けるのであり、明確な作業性がそこに「ある」と見ることができ、

>ゲシュタルトの法則も消滅する。

>
>HSCPは意図的に神社位置を定礎するために、再現可能なように定めたポイントだと認めざるを得ない。

>素人ですがもうすこし勉強してみます。有難うございました。白戸 明 拝

ホームページでの結論は、「神社のはじまりは、斑島の玉石甌穴である」としていま
すが、これは日本神話が形成される時代のことで、もっとそれ以前に北海道に初期の
神社があったと考えています。

北海道の神社
http://w312.k.fiw-web.net/hscp/Beginning%20of%20Shinto%20shrine/hokkaido.html
参考図  北海道の神社分布状況
http://w312.k.fiw-web.net/hscp/Beginning%20of%20Shinto%20shrine/image224.jpg
にもあるように、明治政府が開拓団を北海道に派遣したとき、常識的にはアイヌしか
いないと考えられていた原野に得体の知れない小祠がたくさんあり、それを祀ること
を禁じたのです。

これは、開拓民が到着したとき、すでに参考図のような神社の分布がすでにあった
と考えなければいけません。学者はこの大切な事実を無視し、大衆は学者を信じ、
北海道の神社は明治期に出来たとし、これを誰も疑問として考えなかったのです。

参考図  北海道の神社分布状況

にあるように、礼文島や利尻島に極端に密度の高い神社分布があります。飲まず食わ
ずの状態だった開拓民がいくら信心深いと言ってもこんなにたくさん神社を建てるわ
けはありません。しかもその神社のほとんどすべてが正確なHSCPの法則を満足し
ているのです。開拓民が絶対にこのようなことはできません。

開拓民がそこに到着したとき、そこには何らかの神社の原形がすでにあったのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何度も書きますが、アイヌはそのような神社を建てる習慣はありません。

ところで、

最新の遺伝子研究で礼文島の船泊遺跡から発掘した女性の全ゲノムの解析が終わりま
した。

船泊の付近には、知床稲荷神社の神社群中心(直角線の収斂点)があります。

https://www.yomiuri.co.jp/science/20190513-OYT1T50209/
茶色の瞳、酒強く…礼文島の縄文女性ゲノム解析
このようなニュースもありました。

しかし、この発表には重要なことが抜けているのです。

これらの発表前に国立科学博物館の副館長から直接聞いた話はもっと驚くも
のでした。

この女性は、アジア人よりも北欧の人種に似ているのだそうです。北欧にも
ストーンサークルがたくさんあります。おそらくこのストーンサークルと
北海道、東北のストーンサークルは同じ起源を持つに違いありません。

HSCPで見る限り、ストーンサークルと神社は同一配列にあることは明らか
です。しかし、これが同一思想から発生したものか異なる思想を併せたものか
はまだ不明です、どちらかと言えば異なる思想が結合したのでは?とも考えて
います。


貴殿の書かれたツングースのゲノムについてはまだ知りませんので「三内丸山
遺跡は、ツングース族が最終的に到達した地点、是川遺跡は縄文人が北上して
きて到達」についてはまだ書きようがありません。

この礼文島の女性は、穀物よりも動物の脂質を食べるように適応している
そうです。

東北にも、縄文時代に米作の痕跡があったものの、それが続いたた様子
がなかったのは、縄文人の遺伝子がこれを拒否したことが考えられます。

話は変わりますが、現在銅鐸、銅戈、銅剣の埋蔵位置をポイントとして、HSCPに
よる詳細な結線がほぼ完成に近づいています。これまで誰も考えたこともなかっ
た青銅器祭祀の詳細な地理的関係が明らかになるのです。

驚く結果がすでに出ています。ここでも、南北融合の明確な様子が現れています。

タイトルRe: いつも楽しく拝見しています
記事No320   [関連記事]
投稿日: 2019/09/22(Sun) 11:07
投稿者管理人
> はじめまして、こんにちは。
> いつも楽しく拝見しています。

連絡ありがとうございます。

>
> さて、角度の微妙なズレに関してなんですが
> 設置時から長い年月を経ている関係で、その間の地震などでの地殻の動きがあって、少しズレを生じているのではないかと思いました。
> 参照URLを引いておきました。

研究を始めたころは、水平方向のずれが大きく、垂直方向のズレが
ほとんどない現象を地殻変動の影響と考えていました。

HPにはまだその間違いをそのまま残してあります。

しかし、その後これは地殻変動ではなく、地図の問題であることがわ
かりました。この問題は補正内角の考えによって完全に解決すること
ができました。

地殻変動の影響は確かにあるのですが、現在の精度ではそれを知るこ
とができないことがわかりました。

例えば、ラサ島(沖大東島)は、数cm/年動いていると言われていま
すが、これをHSCPで検出しようとしましたが、今のところそれもでき
ていません。


> 古代からどの程度ずれたのか知る由もありませんが、補正できたとすると、ピタッと直角の可能性があり得るかもしれません。

神社の位置は、改築で動いたりして明確ではありません。また、どの
ポイントを取るかによってもデータが異なる問題もあります。しか
し、銅鐸、銅剣、銅戈の埋蔵位置はその問題がありません。更に精度
を上げた評価が可能になりました。今後、もっと新しい発見があるか
も知れません。


>
> また、北極星も古代からズレていることが解っていますので、そういったことも少し関連してるのかも?と思ったりしています。

北極星は確かに時代と共にずれます。それは非常に大きく、とても
神社の位置を決める基準とはならなかったと考えています。

以下がそのシミュレーション結果です。古い時代ほど使い物になら
ないことを示しています。

長者ヶ平遺跡(新潟県佐渡市小木金田新田)から見た値です。
(時間は23時59分59秒の値です)

年度        方位(度)   高度(度)
2019 秋分 9月23日  180.521     38.349
2019 春分 3月21日  179.450     37.353

1000 秋分 9月17日  178.795   43.970
1000 春分 3月15日  180.600   31.664

元年 秋分 9月25日   174.947   48.997
元年 春分 3月23日   183.025   26.376

BC1000 秋分 10月9日  160.481   56.012
BC1000 春分 4月7日   190.454   17.455

文字の無い頃の古代人は恒星同士の相対位置を詳しく知っていたので
す。文字が使われた頃、そのすばらしい能力は失われたと考えていま
す。

恒星の相対位置は地球の公転による視差の問題を解決します。もち
ろん歳差の問題もほとんど誤差にはなりません。


> さらに、四国がこういったものと深い関わりがある(=聖地として)らしいので、このあたりもすごく興味があります。

HSCPで見る限り、今のところ四国が特別だとする例はありませ
ん。剣山付近は大いに興味があるのですが、今の所はまだ残念な結果
です。

>
> お体に気をつけて頑張ってください。

ありがとうございます。

タイトルいつも楽しく拝見しています
記事No319   [関連記事]
投稿日: 2019/09/22(Sun) 00:56
投稿者愛読しているおじさん
参照先https://www.jstage.jst.go.jp/article/afr/2017/46/2017_33/_pdf
はじめまして、こんにちは。
いつも楽しく拝見しています。

こういったデータに基づいた関係性というのは非常に貴重ですので、研究も大変かとお察しいたしますが、がんばってください。

さて、角度の微妙なズレに関してなんですが
設置時から長い年月を経ている関係で、その間の地震などでの地殻の動きがあって、少しズレを生じているのではないかと思いました。
参照URLを引いておきました。
古代からどの程度ずれたのか知る由もありませんが、補正できたとすると、ピタッと直角の可能性があり得るかもしれません。

また、北極星も古代からズレていることが解っていますので、そういったことも少し関連してるのかも?と思ったりしています。

さらに、四国がこういったものと深い関わりがある(=聖地として)らしいので、このあたりもすごく興味があります。

お体に気をつけて頑張ってください。

タイトルRe^2: HSCPとはどの様なことでしょうか?
記事No318   [関連記事]
投稿日: 2019/09/21(Sat) 12:19
投稿者シラトアキラ   <hayabusadandy@tenor.ocn.ne.jp>
HSCPは単語の頭文字と思われますが、その単語を教えてください。
また、干字状パターンとはどの様な形?ピギーバック点とはどの様な意味なのか、用語の解説が分かりません。北海道、東北の主要な神社の緯度、経度の数値表はございますでしょうか。当方は環状列石と古代城柵、神社、山岳山頂ポイントとの関係から、古代測量士の足跡を追跡しています。