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タイトル弥生遺跡にもあった干字状パターン
記事No83
投稿日: 2013/02/21(Thu) 01:00
投稿者管理人
参照先http://w312.k.fiw-web.net/hscp/
 神社群中心の持つ干字状パーターンが縄文遺跡にもあることがわ
かっていましたが、弥生時代の遺跡については確認が遅れていました。

 ここで、まず陣山墳丘墓(広島県三次市四拾貫町)に適用して見ま
した。この四隅突出形墳丘墓二号墓の張り出しは縄文遺跡である矢瀬
遺跡(群馬県利根郡みなかみ町月夜野)袖付炉の袖部分と酷似してい
ます。これは明らかに、縄文化を引き継いた遺跡であると考えていま
した。(矢瀬遺跡も長者ヶ平遺跡と古富士が関係する特別に重要な位
置にあります)

 この予想は見事に的中しました。この遺跡も予想通り干字状パタ
ーンを持っていました。勾玉や車輪石のように縄文時代の文化を弥
生に引き継いだものと考えています。

 さらに、九州王朝説のとりでにもなっている吉武高木遺跡も検討
して見ました。この遺跡も神社群中心の位置にあって、宗像大社沖
津宮(沖ノ島)や吉野ヶ里遺跡が関係するとてもわかり易いパター
ンを持っているだけでなく、近畿の巨大古墳と同じ思想の位置にぴ
ったりと合致していました。それは竹島も関係する、国益にも影響
のある古代倭の状況を明示していました。九州王朝説はHSCPを
無視する以外にその主張を継続できない立場に追い込まれていると
考えています。

反論は大歓迎です。