タイトル | : 沖縄の聖地御嶽(岡谷公二著)平凡社を読んで |
記事No | : 300 |
投稿日 | : 2019/04/19(Fri) 08:08 |
投稿者 | : 管理人 |
主題の本を読んだ感想です。
まず残念なことにHSCPを全く無視していることです。神社の配列規 則は極めて正確です。不思議なことに、蝦夷地と呼ばれていた北海道が 本土の神社配列よりも規則正しいことです。
更にも増して、沖縄の神社配列も御嶽を含めると北海道よりも、規則正 しい配列になっていたことです。さらに驚くことは、沖縄の御嶽の位置 は沖ノ鳥島(東京都小笠原村沖ノ鳥島1)の位置の影響を最も受けてい ることです。東京都と沖縄は意外なところでつながっていたのです。
ここで主題に戻ります。著者は断定はしていないものの、神社の始まり には何もなかったと主張しているように見えます。
しかし、この説には次の矛盾があります。
○谷川健一氏の日本の神々にもあるように、北海道に開拓民が到着した とき、原野に小祠があったと書いています。明治政府はこの小祠を祀 る禁止令を出したともあります。アイヌはこのような祀りはしないは ずです。一体この小祠はどんなもだつたのでしょう。著者は谷川健一 氏と同じように、この大切な事項を無視しています。
○大東諸島の神社の位置も極めて正確な規則で配列されています。長い 間無人であった島に到着した人達が、そこに何か形のあるものがなけ れば、その正確な位置に神社を建てることができないはずです。クバ などの植物では周りの植物が繁茂してすぐにその位置がわかからなっ ていたでしょう。
○久高島のクボー御嶽は現在でも形のあるものは何もないと言われてい ます。(立ち入り禁止で入り口までしか行けなかったので、それが確 かかどうかわかりません)。しかし、この位置も正確な神社配列規則 の中にあります。聖域を秘密にする目的で、はじめにあったものを意 図的に隠してしまった可能性もあります。
賛成できるところ
○沖縄の神社(御嶽)は北から南に伝わった。これはすでにHPでも書い ているようにHSCPで見ても、奄美大島から沖縄方向に神社が伝わっ たのは間違いありません。
○御嶽=グスク これは大賛成です。No299でもわかるように、御嶽とグスクは同 じ配列規則にあります。
賛成できないところ
○御嶽が祀られるようになったのはグスク時代以降とする説は絶対に間 違いです。これは今後益々明らかになって行きます。
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