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タイトル樺太にかつて神社はなかった
記事No188
投稿日: 2016/11/20(Sun) 20:30
投稿者管理人
 これまで、礼文島の神社の結線でうまく結線できない神社がありまし
た。この理由は、樺太に伸びる線があるものの、樺太にある肝心の神社
の位置が不明であることがその理由であると考えていました。その不明
な神社に伸びる線は礼文島にある須古頓神社や、鮑古丹神社などから伸
びていると考えていました。

 しかし、このたび、須古頓神社からは手宮洞窟、鮑古丹神社からは神
明神社(北海道小樽市朝里川温泉)に伸びる直角線を発見し、礼文島周
辺のHSCPの結線が完結(すべての神社が例外なく正確なHSCP線
で結ばれた)しました。田宮洞窟と神明神社の位置は神社群中心の特性
を持っています。この結果は近々にHPで発表します。

 ここで、これまで考えていた樺太に伸びる線があったとする考えは間
違いであることかわかりました。古代は樺太に神社がなかったのです。

 南樺太を日本施政下にしていた時期には樺太に神社がありましたが、
恐らくこれらの神社は後世になってから勝手に作られた神社でしょう。

 古代は国と呼ぶには適切ではなかったかも知れませんが、本土と同じ神
社配置を持つ領域がありました。現在の歯舞群島を含む北海道、本州と四
国、九州、沖縄と竹島を含むそれら周辺の島々、まだ書いていない南太平
洋の島々です。樺太はこの領域に入っていなかったことになります。

 対馬の神社配置で見る限り。大陸に伸びる線は全く見つからなかった
のですが。北海道からも大陸に伸びる確かな線は今のところ見つかって
いません。樺太に伸びる線は恐らく今後も見つからないでしょう。